| わからない私 |
ピカソ展を見に行った。
美術館とか行くといつも思う。
みんな、私も含めて、一体どれだけの人がちゃんと
わかっているのだろう、って。
絵と一緒に展示してある、年譜やら、説明やら見ても、
よく分からない。
ヘタすると、そういう文字の方をよく見て、
絵はよく見てなかったりするからコワイ。
確かにピカソの絵は好みだし、バランスがすごくいいと思う。でも、
どうしてそれが天才とかすばらしいとか言われるのか、
自分ではよく分からないので説明できない、
と思う。
ある日誰かが、これはすばらしいと言って、
周りの人もそうだと言い、それは時間と共に広がって、
それが常識になり、
いつの間にか
自分も何も考えないまま「すばらしい」と思うようになっていたとしたら
どうしよう。
だって、それはちゃんと自分で「すばらしい」と思っていない。
茶碗=ご飯を入れるもの、とか、
お箸=ご飯を口に入れるもの、とかそういうのと
あんまり変わらない。
誰かが考えて、いつの間にか
常識で、決まっているもの。
でも、いちいち考えて、自分の感じたままに
生活していくのは、たいへんなのかもしれない。
平和ではいられないかも。
分からなくても、分かったようになっていても
いいと思う。
でも、どこかで分からない自分がいる事を忘れる訳にはいかない。
「ナオコ・ロボ」になってしまうと困るから。
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