"Love Love Love"
〜篠宮ED〜





もやもやとした思いを抱きながら、眠れぬ夜を過ごし。

西園寺と七条が出たのを見計らい、外へまた足を踏み出す。

一直線へ向かうのは、彼の人の元。



(篠宮さんなら・・・助けてくれるかもしれない)



何から、だとか、そういった具体的なことは全く考えず。

ただ漠然と、『彼ならば』という、信頼がある。

短時間、だけれども濃い時間の中。

篠宮は、啓太からの絶大な信頼を獲得するに至っていた。



神社を掃き清める竹箒の音が聞こえる。



「・・・篠宮、さん」

「啓太か。・・・・どうした」

「・・・」



泣きそうになっている啓太を見つけ、篠宮が柳眉を顰める。



「具合でも悪いのか?なら、外を出歩いている場合でもないだろう。

・・一寸待っていろ。薬を持ってくるから・・」

「違うんです!篠宮さん、違うんです」

「違う・・?」

「俺、篠宮さんに、聞いてもらいたい話があって・・・」

「・・・・話?・・・わかった。中で聞こう。少し待っていてくれ。片付けてくるから」

「すいません・・・。ご迷惑おかけして・・」

「気にするな。誰にだって、そういうときはある」

「・・・」



優しさに。

また、鼻の奥が、ツンとした。



泣きたくなる気持ちを篠宮に悟られぬうちに、と、

急いで神社の中へ入る。

岩井はいなかった。どこかへ行ってしまっているのかもしれない。



はぁ、と一つため息。



(・・・俺ってば、弱いなぁ・・・)



薄暗い神社の中。

天井を見上げる。

弱い自分は、嫌だ。

だけど、不安の正体がわからない。

篠宮の側へ来れば、不安は薄れるかとも思ったのに、

全然そんなことなくて。

むしろ、心臓が締め付けられるような、もっと大きな不安が啓太を襲った。

何で・・・と自分に問いかける暇もない。

ただ、何かが、嫌なのだ。

自分の感情なのに、自分でもわけがわからない。



カタリ、と音がして。

はっと振り向けば、篠宮だった。



「大丈夫か?啓太」

「・・あ・・・はい。大丈夫、です」



啓太を怖がらせないように、だろう。

篠宮がゆっくり近づき、啓太の側に座る。



「卓人は、今外で絵を描いている」

「そう、なんですか?」

「ああ。こうなったら、丸1日戻ってこない。だから、安心して話せば良い」

「・・・・はい・・」



篠宮に、促され。

ぽつり、ぽつりと話し出す。



「・・・俺・・・帝の元へ、嫁がなくちゃいけないんです」

「・・・・・どういう、ことだ?」

「・・・男が嫁ぐっていうのも、変な話なんですけど・・。

・・・俺、世間では一応、女ってことになってて・・・それで、帝が俺のことを欲してるって・・」



混乱するのはわかってる。

何せ、説明している啓太自身、ちゃんと説明しきれている自信がないのだから。



「・・あの、西園寺家って、知ってますか?」

「ああ。名前は聞いたことがある」

「その、一人娘の話は・・?」

「大層な美姫だと聞いているが・・・」

「・・それが、俺、なんです」



絶句。

言葉を挟む隙を与えずに、啓太が言葉を重ねる。



「お、俺、昔から、魔とかそういう類の物に魅入られやすい体質らしくって・・。

このままじゃ、神に見初められてすぐ死んじゃう、とか言うので、

女の子として小さい頃から育てられてきて・・・」

「・・それで、世間も女だと思いこんでいた、と」

「はい・・・。・・・すいません、ずっと、黙ってて・・」

「・・・それは構わないが・・・」



篠宮が、ため息をつく。



「そうか。お前は西園寺家の子だったんだな」

「・・」

「苗字を名乗らず、それなのに妙に素材の良い服を着ていたから、

不思議には思っていたんだ」

「・・・すいません・・・」

「・・謝らなくても良い。・・それで、俺に相談とは?」

「・・・その、帝との婚約の話のことなんですが・・」

「良い縁談じゃないのか?相手は帝だ。何が不満だ?」

「・・良い・・縁談、なんです。確かに。・・・だけど・・・」



ふいに。

ぼろりと、雫が瞳から零れ落ちる。



「・・・啓太?どうした」

「わ・・かんな・・・・。ごめ、なさ・・・」



零れ続ける涙を、着物の袖でぬぐう。

袖が涙で濡れても尚、流れ続ける。

これでは話が続かない。

それなのに・・・涙はどうにもならないのだ。



「っく・・」

「・・・啓太」

「ごめ・・・なさ・・・。俺、そんなつもりじゃ・・」

「落ち着け、啓太。一度落ち着くんだ」

「は・・・いっ・・っ」



ああもう、情けない。

何が悲しいんだかわからなくて、

わからないのに篠宮に迷惑をかけている現実がまた悲しい。

どうしたら良いか、わからない。



唐突に、温かなものが啓太を覆った。



「・・・し・・のみや・・さん・・?」

「・・・・その・・・。何だ。俺は口が上手くないから、上手く言えないんだが・・」

「・・」

「嫌なことは、嫌だと言え。一度、啓太の望み通りを、西園寺の当主に言ってみろ」

「・・俺の・・望み・・」

「泣くほど嫌なことを、自分を押さえ込んで無理に押し通そうとするな。

見ていて、痛々しいだけだ・・・」

「・・・篠宮さん・・・」



啓太が、篠宮の袖を少しだけ掴む。

涙で、少し濡れてしまったと、少しだけ罪悪感を抱きながら。



「・・・違うんです。・・・俺が嫌なのは、帝との婚約じゃない・・・」

「・・・?」



漠然とした不安が、形を持ち始める。



「俺が嫌なのは・・・」



形を持ち始め、言葉として、口をつく。



「俺が嫌なのは、貴方と会えなくなることです。篠宮さん」

「・・・啓太・・」

「貴方と会えなくなって、違う人のところに嫁ぐのは嫌です」

「・・・・」

「・・・俺、篠宮さんが、好き、です」



そっと、啓太を包んでいた篠宮が離れる。

寒い、と思ったのは、体温のことか、それとも心のことか。

揺れる篠宮の瞳を見たくなくて、啓太が俯く。



「・・・その・・啓太」

「・・・はい」

「気持ちは、嬉しいんだが・・・。俺も、啓太のことは好きだ。

だが、西園寺の子と神社の一人息子とでは身分が違う。

帝に求婚されているような身分の子を、俺が欲するのは、筋違いだ」

「・・・そんな・・・」



つき離す、言葉。

身分。

この京では、身分の壁というものは高く。

西園寺の息子と、そこそこ大きいけれども一介の宮司では、つりあわないのだろうか。

啓太はそんなことはないと思うのに、

篠宮は、そういっている。



好き、だったのに。

ほろりと、また涙がこぼれる。



「・・・ごめんなさい、篠宮さん。変なこと言って・・・」

「啓太」

「でも、俺、篠宮さんのことは、好きです・・・。やっぱり、好き。

帝からの求婚の話が来たとき、俺、真っ先に篠宮さんに相談したいと思いました。

何でだか、不思議だったけど・・・篠宮さんが、好きだったから、みたいです」



初めての失恋は。

胸に痛く。

だけど、彼を困らせたくないからと、必死で笑顔を作り言葉を紡ぐ。



「だから・・・」

「啓太。もう良い。もう、いいから・・・」

「・・・俺のこと、忘れないで下さい。俺が居たってこと・・」



唇にあたった、柔らかな感触。

くすぐったいような、甘いような、

不思議なソレは。

鳥の羽が触れるように、そっと触れて、すぐに離れる。



「忘れられるわけがないだろう・・・」

「篠宮さん・・・」

「・・・俺だって、お前が好きだ。愛しいと思う。だけど、ダメなんだ」

「・・・」



ダメなんだ。

その言葉が、頭を巡る。



「何で。何で・・ダメなんですか?」

「仕方ないだろう。啓太は、西園寺の者なんだから」

「俺が西園寺だからって・・・じゃあ、西園寺じゃなければ、良いんですか?」

「だが、それは所詮無理な話だ。すまない、啓太。不甲斐無い俺で」

「・・・俺が、西園寺だから・・・」






+++++++++






翌日、西園寺家では一騒動起こることとなる。

啓太の部屋を覗けば、花の添えられた文が一つ、置いてあるだけだったのだから。



『ごめんなさい、西園寺さん。七条さん。

帝との結婚の件は、断らせてください。

それから、西園寺の家を出て行くことも。

西園寺の家は、居心地が良くて、好きだったけど、

だけど、あの人の側に居る方が、居心地が良いから。

あの人の所に、行くことにします。

落ち着いたら、また戻って来るので、心配しないで下さい。

だけど、それまで。それまでは、探さないで下さい。

俺は、あの人と、一緒にいたいから・・・。』



「・・・全く」

「啓太君にも困ったものですねぇ」



文を握った西園寺のその隣で七条が苦笑する。

それに釣られるように、西園寺の唇も弧を描く。

御簾へは風が流れ、たなびいていた。



「どうしますか?郁。啓太君の気を辿り、探しますか?」

「・・・必要もないだろう。啓太は戻ってくる、と言っているんだ」

「そうですね。・・・・これも、啓太君の望みですから」

「・・・ああ。行くぞ、臣。帝に、断りの返事を出さねばならない」

「はい」



一輪の残った花が、

西園寺と七条の立ち去るのにあわせるかのように、花びらを落とす。












当然彼等の探し人は、少し離れた神社にいるわけで。



「・・・啓太。お前は・・・」

「へへ・・・。俺、考えたら一直線って、よく言われるんです」



篠宮の困り顔に、啓太も苦笑する。

苦笑する、が、自分の行動は間違っていたとは思わない。



「武士にもなれないし、稼ぎのない俺だから、宮司よりも身分は下がっちゃいますけど・・・。

・・・それでも、篠宮さん。篠宮さんが良いなら、俺を、貰ってくれませんか?」



小首をかしげて。

笑顔で。

それに、篠宮が嬉しそうに笑いながら、一つため息をつく。



「・・・・全く・・・。お前には勝てないな・・・」

「だって、篠宮さんがああいうこと言うからいけないんです」

「だからといって・・・」

「大丈夫です。ちゃんと、ひと段落ついたら、西園寺さん達にもちゃんと話しますから」

「・・・はぁ」



くしゃりと、頭を撫でて。

それに、嬉しそうに啓太が笑う。



「・・・さて。そろそろ卓人を起こしに行くか」

「あ、俺が起こしに行きます」

「そうか。じゃあ、朝飯を持っていくから、そこで待っていてくれ」

「はい!」



太陽が、京を照らす。

時が動き、一日が始まる。

愛しい人と共に刻む一日が。








○END○








●あとがき●

終ったぁ。
初めての篠啓ですが、良いんでしょうか。人への捧げ物で初めてって・・・。

篠宮さんは、妙に身分とか気にしそうだと思ったらこういうEDに。
・・・えーと・・・。家出・・・ですか。
可笑しいなぁ。
しかも軽く岩井さんの両親みたいなノリなんですが、どうしてでしょう。
篠宮さんが相手だと、啓太が積極的になります。
むしろなりすぎました。
・・まあ、岩井さんの絵の稼ぎがあるから、苦労はしないよね。三人とも。(苦笑)
4番目は篠宮EDでした。










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