●Vampire panic!●





啓太が、もう随分気落ちしている。

だが、西園寺にはその理由がわからず、悶々としていた。



「郁」



幼馴染の声が、自分を呼ぶ。

億劫そうに西園寺が振り向いた。

いつもどおりの笑み。



「そろそろ帰宅しましょう」

「・・・わかった」



パソコンの電源を落とし、立ち上がる。

七条が後ろについた。

この距離が当然すぎて、不思議な感覚である。



「そうだ。今度伊藤君をかしてください」



七条の言葉に、西園寺が面倒そうに視線を寄せる。



「お出かけしましょうって話をしてたんです。

伊藤君に負担をかけないためにも、月光浴程度にしておきますから」

「・・・本人に許可を取れ。私に聞くな」

「伊藤君が、郁に聞いてみてからじゃないと、というので」



これで許可が取れたと笑む七条の笑顔は、

長年一緒に居た西園寺にも、考えを読ませない顔で。

西園寺は考えているのは十中八九啓太のことだろうと、理不尽な嫉妬心を抱いた。

























「さーっいおんじさんっ」



ぼすっと胸に当ってくる物体。

嫌な予感がして、一緒に同行していた七条を蹴り出してとりあえず鍵をかける。



「啓太!」

「あれ?七条さんは?」



ふつふつと怒りがこみ上げるが、とりあえず飲み込んでキッチンへ行く。

やっぱり野菜室から転がっているニンニクは、袋に詰めてゴミ箱へ。

捨てたと思っていたが、忘れていたらしい。



「啓太。顔を洗って――・・・」



西園寺が振り向いた先には、ソファで寝る準備万端の啓太。



「啓太!」



前に洗面所からベッドルームまで引きずっていったことがある。

体力のない西園寺からしてみれば、随分の重労働である。

ここからベッドルームまでは、さらに距離があるだろう。

一瞬ソファでそのまま眠らせようかとも思うが、それでは風邪を引いてしまう。

ついでに玄関に放り出した七条の顔もよぎったが、即座に打ち消した。

それに、多分奴ならば追い出された時点である程度の事態は把握して、自宅に帰っていったろう。

ぺちぺちと頬を叩き、覚醒を促す。



んん、と僅かに眉が寄る。

それから。

ぐい、と、腕が、強い力で引っ張られる。



「啓太!」



ソファが大きいからか、二人で寝転んだところでちょっと狭いくらいで済むのだが、

それは狭さの問題であり、他にも問題は色々ある。

例えば・・・この体勢だとか。

普通に考えれば子供が母親に抱きつくような体勢ではあるのだが、

西園寺は顔を染めて必死にもがいた。

成功するわけもないのだが。



もう一度文句を言おうと西園寺が顔をあげたところで。

くすー・・・と寝息をたてる啓太を見て、西園寺の額に青筋が立った。























タオルをびちょびちょに濡らして、絞ることなく啓太の顔の上に乗せる。

びちょ、と嫌な音が立って、啓太が飛び起きた。



「やっと起きたか」

「ふえ?」



よくわかってないのか、きょとん、とする啓太を置いて、西園寺はタオルを洗面所へ持って行った。



「あ・・・。西園寺さん、お帰りなさい・・・?」

「・・・帰ってきたのは、随分前だがな」



ソファにぱたん、と寝転がった啓太の髪を、ソファの開いたところに座った西園寺が撫で付ける。

そういえば、と思い出したように西園寺が言葉を発した。



「臣が、お前を誘い出したいそうだ」

「七条さんが?」

「前に誘いを受けたんだろう?」



そういえば、と思い出したように啓太が頷いた。

「七条さんが、一緒に遊びませんかって言ってくれたんです」だなんて。

酷く嬉しそうに言うものだから、西園寺の胸中は色々複雑である。

いやまあ、ある意味単純ではあるのだが。



「いつが良いかな」なんてへらりと笑って言う啓太がちょっと憎らしくて。

口をふさぐものが近くにないから、手っ取り早いものでふさいでしまう。



柔らかな感触。

口が開いていたからか、すんなりと侵入を許される。

しばらく口内を堪能した後、唇を食んで開放した。

頬を染めた啓太が、力なく倒れている。

先程濡らしたのが乾いていないのか、少し冷たかった。



「さいおんじさん・・・?」

「お前は私を何か別の生き物だと思っていないか?」

「ふえ・・・?」

「私は人間で、男だぞ?」



ゆるり、と、西園寺の指が啓太の唇をなぞる。

滑稽なくらい顔を真っ赤に染め上げて、うろたえる。

それを見た西園寺は口元に弧を描き、額にキスを落とした。



「私の前で臣の話をするな」

「・・・あ・・・はい」



不意に、啓太の顔から朱が一気に引く。

どうした、と問いかける間もなく、啓太は西園寺から顔を逸らした。



「・・啓太?」

「あの・・・俺、西園寺さんが好きだけど、七条さんも好きで、

でも・・・えと、俺、西園寺さん達のことは邪魔するつもりはないからっ」

「啓太・・・。何を勘違いしているかは知らないが・・・」



はぁ、とため息をつき、啓太の肩に手をやり力を込める。

七条と西園寺の間には、何もない。

どころか、現在には啓太を挟んでの確執すらある。

伝えると、啓太はきょとん、としている。



「じゃあ・・・俺、西園寺さんのこと・・・好きでいて良いんですか?」

「・・・・何の話だ?」



眉を顰める西園寺を置いて、啓太が安心したように西園寺に抱きつく。

良かった、と騒ぐ啓太は・・・耳元で騒ぐため喧しい。



「啓太・・・」



ぽんぽんと背をたたき、落ち着かせる。

本当に落ち着かせたいのは己の欲なのであるが、

こんな体勢では無理というものがある。

西園寺だって、立派な人間でちゃんとした男である。



「啓太。私が好きか?」



尋ねれば、こくこくと無言で頷く。

抱きしめられている状態であるため、顔は見れないのだが。



「そうか。なら、私が何をやっても構わないな?」



無言の頷き。

肯定に、西園寺の唇の端があがる。



「大丈夫だ。怖くないから」



ゆっくりと、背筋に指を這わせる。

七条には悪いが、まあ落し物は拾った者が一割貰えるのが一般であろう。

一割は貰うぞ、と笑って、体勢をずらした後、もう一度キスをした。























体が、悲鳴を上げている。

それを察知して、ぼんやりと瞼を上げた。

目の前にあるのは・・・綺麗な顔。



この顔は、凄く好き。

西園寺さんだから。

俺が吸血鬼だと知ってても、変わらず接してくれて。

いっつも、俺が作った料理は美味しいって食べてくれて、

吸血鬼だからって、俺のことをわかろうとしてくれて・・・・・。

だんだん、好きになっていってしまった。



「西園寺さん・・・」



西園寺より先に起きるのは、珍しいことである。

そっと、額に唇を寄せた。



継いで、怒涛のように蘇るのは昨夜の記憶。

理解するのに、時間がかかってしまう。

すごく・・・・・・・・・・恥ずかしいことをした記憶が・・・ある。

した・・・という、か、してもらって、と・・・いうか・・・・何と言うか。

大好きな顔ではあるが、そうなると直視できなくなってくる。

慌てて布団の中にもぐると、その振動で西園寺がおきてしまう。



「・・・おきたのか、啓太」

「は・・・はいっ」

「・・・・・・・」



柔らかな髪をかきあげる所作は、やっぱり綺麗である。

そのまま起きるのかな・・・と思うと、ぱたりとベッドに付してしまった。



「・・・啓太。今、何時だ?」

「え・・・と、9時・・・ですけど、あの・・会社は良いんですか?」

「まあ、私の補佐は臣だしな」



この時間に呼び出しがかからないということは、

全てわかっているのだろう。

啓太とこういう関係になるだろうな、という予測。

ついでいん、西園寺の体力不足もちゃんと考慮してある。

申し分ない秘書である。



「あの・・・西園寺さん?」



困ったように言う啓太を見て、

告げるタイミングを逃してしまう。

普段使わない筋肉ばかり使うからこうなってしまうのだが・・・。

全身筋肉痛で動かすことも億劫であると、

果たして、いつ告げれば良いのだろうか。

啓太の声を聞きながら、暫く悩みは尽きないようである。








○END○

















●あとがき●

だって郁ちゃんだからv
・・・・西園寺さんのキャラがどんなんだかつかめなくなってしまい、
途中から混乱してました・・・。
うう・・・。

リクエストに添えたかどうかはわかりませんが、椿様へ。
お気に召していただけたでしょうか・・・?