●Vampire panic!●





貧血。眩暈。

どっちだって、似たようなもんである。

栄養が足りない。栄養を補うには、赤い血液。

・・・いっそ、動物の生肉でも足りるのだろうが、

生憎啓太の周りに動物の生肉はなかった。

・・・・・・猫でも生け捕るか?

ふと、その考えが啓太を襲った。



そして、意識が覚醒する。

猫なんて襲いたくも無い。犬も然り。烏なんてもっての他である。

こうなったら、

この渇きを潤すにはやっぱり生肉を買わないことにはどうしようもない気がしてきた。

まさか人様襲うわけにもいくまい。

以前赤い月だったときは、側に吸血鬼がおり、同類がいると安心したのだが・・・。

流石に周りに人はいない。

大人になれば、月の魔力には操られないらしいが、

生憎、啓太はそこまでの域に達していない。



カチャ、とドアが開いた。



「し・・・ちじょ、さん」

「お早う御座います、伊藤君。気分はどうですか?」



まさか最高です、とはいえまい。

でも、気分は良い。

何だかふわふわしていて、気持ちよい。

伝えないながらも、ふわふわとした啓太の視線を見てだろう。

七条が苦笑する。



「伊藤君。とりあえず、何か胃に物を入れましょう」

「あ・・・はい」



置かれたのは、おかゆである。

啓太の好きなもの・・・と言いたいところだが、今は栄養が足らない。

だけど文句を言ってる場合じゃなく、大人しくそれを受け取る。



どろり、とした物が胃に入る感覚がある。

興奮が、落ち着いていく。



「けほっ・・・えほっ、けほっ」



器官に詰まらせてしまい、慌てて咳を出す。

息が辛かった。



「・・・熱があるみたいですね。市販の解熱剤ですが、飲んでおいてください」

「は・、い」



市販のペットボトルに入った水と、側には錠剤。

水を、先ず、飲んで。

手が震えた。



はぁ、とため息が聞こえて、慌てて首を上げる。

同時に、唇に感触があった。

何かが、無理矢理喉に押し込められる。

水・・・?水だ・・・。

なんとなく理解すれば、啓太は水を求める。

息をした後、もう一口。

さらさらと喉を通る水の中に、塊がある。

それが薬だと判断する前に、それは喉の奥へ流れてしまうが。



酸素が、足りない。



くったりと倒れる啓太を見て、

七条がくすくすと困ったように笑う。

何とか栄養が体にめぐり、興奮が落ち着いてきた。

・・・とはいえ、熱はまだあるようであるが。



「やっぱり、血液でないと足りませんか?」

「ふえ・・・?」



きょと、とする啓太に、また口づける。



「あの・・・七条、さん・・・?」

「僕は、吸血鬼については詳しくないので、教えていただかないとならないのですが・・・」



硬直。

もしやもしや、と思ってみるが、

やっぱり、この展開はそのもしやであって、

つまり・・・正体、バレてる?



ひやりと汗をたらせば、

「はい」という、七条の笑みが帰ってきた。

・・・ちなみに、口に出して質問したつもりは、ない。



それにしても。

正体バレるのは構わない。

だがそれは、友人レベルの場合である。

こんなに一杯同じ時間を共有したのは、家族以外には初めての人で。

その人に、気持ち悪がられたらどうすれば良いのか。

辛い体に鞭打ち、慌てて逃げようとした。

吸血鬼が本気で空飛べたら良いのに!と思う。

どうやらその能力ばかりは退化してしまったようである。

とにかく、走るしかないのだ。



だが、それを察知した七条によって、ベッドに縫い付けられてしまう。

うう・・・と泣きたい気分である。



「・・・ところで、これで伊藤君が僕から逃げたのは2度目になったわけですが」



2度目はまだ未遂である。

・・・・・・・・・なんて、訴える勇気、啓太には無いけど。

七条はいつもどおりにっこりと笑っているだけなのに、

啓太の本能が危険だと叫んでいる。

それを安心させるように、七条がそっと額に口づけた。



「それほど、僕が嫌いになりましたか?」

「そ・・・じゃない、ですけど・・」

「そうですか?でも、あれだけの書きおきでは、どうして良いかわかりませんよね?

まして、今は何も言わないで逃げようとしたわけですし・・・」



く、と息が喉に詰まる。



「そんなの・・・」

「はい?」

「そんなの・・・当たり前じゃないですか!」

「どうして?」

「だって、七条さん、知ってるんでしょ!?俺、吸血鬼なんですっ」



もがこうとするが、七条が啓太の手を押さえつけている力が強くて、

全く動くことが出来ない。

何だか、悔しくて涙さえこぼれてくる。

大体、啓太は今本調子でないのに、何でこんなことをされてるのだろう。



「・・そんなことだけで、逃げようとしたんですか?」

「そんなことって・・・」

「じゃあ、僕は人間だから君から逃げないといけなくなってしまうんですが、

どうしましょう」



どうしましょうと聞かれても、

啓太が答えられるわけがない。



・・・・でも、吸血鬼と人間って、

書物とかを漁る限り、つまるところは食糧と狩をする者であり、

普通、逃げるんじゃないかなぁ・・・とは思う。

とはいえ、人間の心境など啓太にはわからないので、言いきれないのだが。



逃げる気配がだんだんなくなっていったのがわかったのか、

七条が啓太から離れる。



「えと・・・七条さんは、俺が怖くないんですか?」

「どうして?」

「だって・・・俺、吸血鬼だし・・」

「でも、僕は伊藤君に襲われたことはありませんし。残念なことに」



本気で残念そうな顔をされて、啓太が困惑してしまう。

何が残念なのかがわからないのだ。



「あの、七条さん?えと・・・怖くは・・?」

「伊藤君はこんなに可愛らしいのに、怖いなんて思うわけないでしょう?」

「可愛・・・?」

「血液が必要ならば提供しますが、どう致しますか?」

「あ・・・や、いらないです」

「そうですか」



また『残念』と小さく七条が言うから、

やっぱり啓太は首をかしげる。



「伊藤君は怖くはないですよ。それでも、僕から逃げますか?」

「・・・」

「僕が君へ恐怖心を抱いていないのですから、この場合、君が逃げるということは、

君が僕へ恐怖心、或いは嫌悪感を抱いたということで、宜しいんでしょうか?」

「え・・?」



頭が悪い・・・というわけでもないが、頭が良いわけでもない。

そんな回りくどい言い方をされては、困ってしまう。

でも、『ね?』なんて念を押されてしい、条件反射的に頷いてしまった。

数秒後、やっと頭の回転が追いつき、逃げられない状況に追い込まれたのをよく理解した。



あう、と七条を見上げれば、可愛いですねとキスを受ける。

先刻から、七条の言葉を脳が理解してくれないのだが、どうしたら良いのだろう。

手放しで助けを求めたくなってしまう。

にこりと笑った七条は、啓太の頬に手をかける。



「僕は、君がどうしようもないくらい好きです。逃げないで下さい」



やっぱり、七条の言葉を脳が理解してくれない。

理解しようとして・・・ぐらりと視界が歪んだ。

強烈な睡魔が襲う。



「・・・タイミングが悪かったようです」

「・・え・・・?」

「市販の風邪薬ですが、睡眠導入剤が特に入っているものなんです」



ああ、そうか。

七条の言葉が理解できなかったのは、強烈な睡魔のためか。

そういえば、熱も出ていたし、頭の片隅がぼんやりしていたような気もする。

七条に促されるまま、瞼を閉じる。



何で自分がここにいるのだろうかとか、

難しいことを考えるのが、面倒くさくなってくる。

七条が迎え入れてくれた。

それで良いじゃないかと、納得したくなってくるのだ。

熱に浮かされた先程とは違い、心地よい感じが気持ちよくて、

すぐに、意識が溶けていった。











苦笑いするのは、七条である。



「・・・・全く。君って人は・・・」



起こさないように、もう一度口づけた。

こんなことになるんだったら、もっとまともな風邪薬を買って置けばよかったのだが、

生憎、七条は風邪を引かない退室だった。

あの薬だって、風邪薬として使用するよりも、睡眠薬として使用していたものだったし。

安らかな寝顔に、どうして良いかわからない気持ちをもてあます。



「折角人が告白してるんですから、聞いてくれたって良いじゃないですか」



拗ねたような口調になったのは、否めない。

何せこういう経験はとんとない七条である。

経験つもうとも思わなかったのだから、仕方ない。

くすー・・・と寝息を立てる啓太の、好き勝手に跳ねる髪をちょっとつまんで、

最後に一つ、と言い訳しながら口づける。

まあ、考えてみれば先程は啓太の意識が(軽く朦朧としていたが)あったときにキスできたのだ。

役得といえば役得だろう。



「愛してますよ」



せめて夢へ届け、と。

七条へ目を細めて、そっと呟いた。

















翌日の話になる。

結局、啓太は熱が下がって、睡眠もたっぷりとって・・・つまり完璧な健康状態にあっても、

七条の言うことを理解できなかった。



「・・・え、と・・・?」



起き抜けに、『君が大好きなんですが、どうしましょう』と聞かれてしまえば、

困惑してしまう。

どうしましょうって、こっちこそどうしましょうだ。



「伊藤君」



そっと頬をなぞられて、びくりと肩を震わす。

くすくすと七条が笑った。



「大丈夫ですよ。何をするわけでもありませんから」

「あ・・・えと・・・」

「だけど・・・。二人共どうして良いかわからないわけですから、

二人で一緒に、考えましょうね」

「?」

「あとは・・・そうですね。僕が君をすごく好きだっていうことだけは、覚えておいてください」

「・・あ、はい」



嬉しそうに瞳を細め、七条が額にキスを落とした。

啓太も今更こんなんでは驚かなくなっているから、慣れというものは恐ろしい。



「では、僕はお仕事に行って来ますから」

「あ・・・行って、らっしゃい・・」

「はい。行って参ります」



もう一つ頬にキスを受け、七条は出て行った。

部屋の中には、きょとん・・・とした啓太が残される。



正直言って、昨日の記憶のどこからがホントでどこからが啓太の妄想か、

啓太自信にもわからなくなっていた。

七条が告白してくれたのは、どうやら本当のようである。

だけど、すっごいキスされた記憶がある。

七条が何もしてこない・・・し、何も言わないってことは、

もしかしたら、七条は告白だけで終えたかもしれないのに。

自分で勝手に考えてしまったかもしれない想像が、

あんまりにも恥ずかしくって恥ずかしくって・・・・。



「う・・・わぁぁぁぁぁ・・・」



あんまりにも自分が居た堪れなくて、

布団を頭まで被る。

耳まで赤くなってるのがわかる。心臓ばくばくだし、顔も暑いし・・・。



不意に、ぴりりと鳴った。

電話の方を見るが、電話はこんなに透明感のある音じゃない。

首をかしげると、枕元に携帯電話が乗っかっていた。

もしかして七条の?と慌てるが、

七条のはもっとシンプルで・・・銀色の携帯だった気がする。

恐る恐る手を伸ばして、パカッとそれを開く。

七条臣からのメール。



<言い忘れていました。

プレゼントですので、受け取ってください。

携帯電話、ないと不便ですから。お互いに、ね>



プレゼントとは、まさかこのことかと、

慌てて携帯を裏返す。

・・・別に、何があるというわけでもなかったが。



それにしても。



「・・・何か・・・疲れた・・・」



色々ありすぎて疲れた。

もう考えるのは諦めることにして、

大きめの枕を胸に抱き、そのまま瞼を閉じた。

なんとなく、寝たり無い。



起きたら。

ご飯作らないとなぁ・・・。

そんなことを自然と考える自分が何だか可笑しくて、

少しだけ、頬を緩めた。








○END○

















●あとがき●

お・・・わった・・・。

七条さんが暴走しました・・・。
長いです・・・ね。
普段、長編なら一話5分〜10分、短編なら一話10分前後で書き上げるのですが、
今回ばかりはそうもいかなかったです・・・。
えーと・・・3日4日くらい?
七条が携帯送るネタは、一度やりたかったものです。
ので、まあ満足。
啓太の逃亡防止用に、携帯にもちゃんと発信機とかついてると思われます。
さーて・・・これから西園寺ルートです。
どうしよう。郁ちゃん。何も考えてないや(苦笑)

にしても、最後まで啓太は騙されてますが・・・・。
・・・啓太が幸せなら良いや、何でも・・・。