■専用精神安定剤■





「え、と…今日は確か学生会や部長さん達との定例会、だった…んです、よ、ね…?」


ことり、と首を傾げて聞いてみると、
七条さんが困った様に眉を顰めながら微笑んだ。


「ええ。…ですが、丹羽会長が定時にお見えにならないものですから、
 必要以上に時間ばかり掛かってしまって、大変でした」
「そう、なんですか」
「その癖あの人も、いつもの何食わぬ平然とした顔で現れて。
 そうしたら待たされて只でさえ苛々していた郁が、遂に耐え兼ねて本格的に怒り出してしまって」


そこでまた会議が中断してしまって。
本当に困ったものです、と。

そう言っているわりには、いつもと変わりの無い笑顔で。
何でも無いことの様に話している。


「……臣、お前は…」


純白のいスラックスに包まれた足を、優雅に組んで。
細くて綺麗な指で、紅茶の注がれたカップを口にしていた西園寺さんが渋い顔を上げた。


「丹羽が来るまでの間、先に来ていた中嶋と散々陰湿なやり取りをしていたのは誰だ?
 会議中、中嶋のする報告にいちいち口を挟んでいたのは誰だ?
 …お前が私のことを言えた義理か」
「口を挟んでいたのは、郁だって同じでしょう?
 あの雑な報告を聞いていれば、誰だって一言二言言いたくもなりますよ。
 あんな方々と顔を突き合わせていなければならないことですら、不本意なんですから。ねぇ、伊藤くん」
「…ね、ねぇ、って…言われても…」


会計部の。
正式な役員で無い俺は。

例えば、部長が部費の話で会計部室に来た時。
例えば、こんな風に定例会や会議がある時は、部外者として扱われることになる。
その間はちょっと部屋の外へ出ていなければならなかったり、
会議室に入ることが出来ないから会計部室でひとり留守番をしていたり。

…まあ、王様や西園寺さんと中嶋さんや七条さんとやり取りは、何となく想像は付くんだけど。
でも、同意を求められても困る…。


「あの雑多な学生会室での会議で無かっただけ、マシでしたけど」
「…あんな、書類や資料が山積みの汚い部屋で会議など出来るか。
 あの中に長時間居なければならないかと思うと、寒気がする!」
「そう言うことですから、伊藤くんも、幾ら万一用事がある時であっても学生会室には長居してはいけませんよ?
 どんな病気になるやら、知れたものではありませんからね」
「あ、はは、は…」


きっとこんな風に、言い合いをしていたんだろうな…。

時々。
この部屋で交わされるやり取りにすら、肝を冷やしている俺としては。
同じ会議の場に居合わせた人達も、本当に大変だったろうにと思うのと同時に。
自分は無関係で良かった、と胸を撫で下ろす。


「あの人達と話をしていると、一気に疲れが溜まってしまいますね。
 丹羽会長にも困ったものですが、その会長をきちんと制御出来ない副会長も副会長だと思いませんか?」
「でっ、でも中嶋さんも、仕事と掛け持ちで王様を探しに行ったり…大変そうで…」
「ああ、伊藤くんがそんな人の名前を紡いではいけませんよ」


つ、と指先で唇を押さえられて。
代わりに、テーブルの上にお茶請けとして並べられていたクッキーをひとつ。
放り込まれてしまって、俺は言葉の続きを飲み込んだ。
きっと、これ以上は触れない方が無難…。




サクサクと軽い歯応えのクッキーを咀嚼して、肝心の。
実はさっきから疑問に思っていることを、聞いて…みる。



「それ、で…、ええと…何で俺はこんなことになってるんでしょう、か…」


今。
俺が座っているのは、会計部室に備え付けられた休憩・お茶の時間用の豪奢でふかふかなソファ。
…では、無く。
微かに体温の伝わってくる、七条さんの膝の上。
お茶に呼ばれて近づいた途端横抱き…え、ええと、お姫様抱っこってヤツ…に抱えられて、そのまま。


「座り難い、ですか?」
「いえっ、そんなことは無いんですけどっ!で、でも…七条さんだって重い…」
「ふふ、君は細くて軽いですから。僕は平気ですよ」
「や、あの…」
「抱き心地も良いですし」
「し、七条さんっ?!」


腰に腕を回されて。
ぎゅう、と広い胸の中に抱き締められる。
目の前に西園寺さんが居るにも関わらず、髪の毛や額に。
頬や瞼に。
柔らかい、小さなキスが幾つも落とされて、恥ずかしさで顔に血が上っていく。
でも、七条さんはそんなこと一切気にしている風も無く。

長い指で、するりと俺の頬をなぞりながら、額を寄せて囁いた。


「今日は本当に大変だったんです。
 ですから、伊藤くん。僕の疲れを癒して下さいね」
「……臣、疲れているのはお前だけでは無いだろう?」
「でしたら、今日はもう仕事も無いことですし…寮に戻られたらいかがですか?郁」
「それは、遠まわしに私に出て行けと言っているのか」
「いいえ。遠まわしだなんて、そんな回りくどいことはしていませんよ。
 ああ…そうでした、何も郁を追い出さなくとも僕と伊藤くんが寮に戻れば良いだけの話ですね」
「………お前」


滅多に言い合いのすることの無い、このふたりを包む空気が。
ぴり、と糸を張った様に緊張する。


「し、七条さんも、西園寺さんもっ…、もうその位で…」
「すみません、怖がらせてしまいましたね。…郁が、そんな顔をするからですよ」
「……だから自分を棚上げするなと言っているだろう。
 ふう…、もう良い。お前達は、とっとと帰れ。休まる気も休まらない」
「そうさせて頂きます。
 ふふ、郁のお許しも出ましたし、寮に戻ったら沢山甘やかして下さいね、伊藤くん。
 疲れた身体には、甘いものが良いと言いますし、ね」


しっしっ、と。
まるで追い払うかの様に手を振られて。
酷く楽しそうな七条さんと、あれよあれよと言う間に手を引かれ、会計部室を後にした。

七条さんの本当のココロは笑顔の下になってしまって、正しくは計れないけど。
何だか。
ちょっと…自分の身が心配な気がするのは。
決して、俺の気のせいなんかが無い、んじゃないだろうか。









++お礼文++++

っっっ!!!(悶え)
V.D小説の際、"Dear My Angel"の番外編を書いたところ、
吸血鬼臣と狼郁ちゃんとともに受け取ってくださったにも関わらず!
(あ、何か郁ちゃんが不機嫌になりそう(笑))
こんな素敵なものを頂いてしまいましたっっvvv
わーん、七条さん・・・素敵すぎ・・・・。
啓太、それは気のせいにしてはいけないところよ!と注意したくなってしまいますね。
吾妻さんの所の啓太は可愛いなー(笑)ほんとにぎゅってしたくなります。
大好きです。

伊藤君と一緒に居るだけで癒されちゃう七条さんにメロメロですvv
吾妻さま、本当に有難うございましたっ!

吾妻さまのサイトは こちらになりますv