甘ったるさの向こう側 俺は今、すご〜く満ち足りて、いるのかな…。 いつものように放課後、会計部のお手伝いをしていた俺は、 七条さんの「お茶にしましょうか」という言葉に書類をファイリングしていた手を止めた。 紅茶を淹れようと立ち上がりかけた俺を、七条さんがにっこりと笑って。 「伊藤君は座っていて下さい。僕がやりますから」 「えっ、でも…」 そりゃ、俺なんかより七条さんが淹れる紅茶のほうが何十倍も美味しいけど。 「伊藤君に是非食べてもらいたいお菓子があるんです。ですから僕が用意しますね」 嬉しそうな七条さんの様子に、これ以上何か言うのも気が引けて。 「はい。じゃあ、お言葉に甘えます」 そう言った俺に七条さんはお茶の用意をしに簡易キッチンへと向かった。 どんなお菓子なんだろう。七条さんが選んだものなんだからハズレなんて有り得ないけど。 うきうきして横に視線を向けると、既に自分の机からソファに移動した西園寺さんのしかめっ面とぶつかる。 俺も慌てて西園寺さんの横に座る。 そうだ。甘いもの嫌いの西園寺さんにとってはこの状況は不快以外の何ものでもなく。 「す、すみません。西園寺さんは甘いものダメなのに」 「……………」 うわ〜なんだか凄く怒ってるような気がする……。 西園寺さんは七条さんが持ってくるお菓子のこと知ってるのかな…? すんごく甘いものだとか。どうしよう〜〜。 「どうぞ。伊藤君」 「ありがとうございます……」 トレーには紅茶セットと皿にのせられた小さなチーズケーキ(?)が3個。 楕円長方形って言うのかな。銀紙カップに入っている。 「チーズブリュレらしいんですけど。珍しいので取り寄せてみたんです。郁、お茶をどうぞ」 「……………」 西園寺さんにお茶を勧めながら七条さんが説明してくれる。 カップを手に取った西園寺さんはそっぽを向いたままお茶を飲んでいる……。 「伊藤君、郁のことは気にしなくていいんですよ。……拗ねてるだけなんですから」 「おみっ!!」 「拗ねて……?」 「伊藤君、食べてみて下さい」 西園寺さんのことは気になったけど、七条さんの笑顔の押しに、目の前にあるスイーツも気になって。 添えられたスプーンを手にとって銀紙カップにさしてみる。チーズの濃い香りがする。 スプーンを持ち上げてみて"ぷるぷる"とした感触にチーズケーキとは別物と分かる。 食べてみるとチーズの濃厚で、まろやかな味。 「ホントにブリュレだ。あれ?」 チーズの味と共に甘酸っぱい酸味が口の中に広がる。 カップの底を見てみると、いちごジャムがたっぷりとぬってあった。 「ソースを絡めて食べるとおいしいですよ」 「はいっっ!」 俺はほくほくとスプーンを動かす。小さなケーキだから直ぐに完食してしまった。 あと2個残っている。俺は全然お腹に入る量だけど、七条さんはいいのかな? それに……。 ちらりと西園寺さんを見遣ってから、 空の銀紙カップを凝視している俺に、西園寺さんが溜息を吐いて。 「……食べたいなら食べろ」 「う。いいですか?」 「用意したのは臣だ。私ではない」 「いいんですよ、伊藤君。僕はもう、戴きましたし。これはお返しの意味もありますから」 へ?お返し……? きょとんとしている俺に七条さんは、西園寺さんの空になったカップに紅茶を注ぎながら 「ええ。今日はホワイトデーですから」 気付きませんでしたか?と悪戯っぽく俺を見る七条さん。 ますます眉間に皺が寄っていく西園寺さん。 うわ!俺、どうしよう。 俺もバレンタインデーに七条さんからチョコ貰ったのに。 そうだよ。毎年、朋子から催促されてたのに、何で忘れてたんだろ。 でも、男同士だからそこまでやらなくてもいいかなと思ったのも事実で。 だから和希の奴、クッキーやら何やらくれたのか。だけど、和希にはチョコあげてなかったのに。 「すみません、七条さん。俺……」 「いいんですよ。僕もこれを食べたかったので」 「気にすることはないぞ。啓太」 「西園寺さん……」 やっぱり悪いから何か用意しよう! それがいいよな。こんな美味しいもの貰っちゃったんだし。 難しい顔して考えてる俺を見て七条さんは。 「先程、伊藤君が食べたのはいちごジャムでしたけど、 他にブルーベリージャムと蜂蜜があるんですよ。僕は蜂蜜がお勧めですね」 とても甘いんですよ。と続く言葉に西園寺さんはその味を想像したのだろう。 「……胸焼けしそうだ」 げんなりした西園寺さんは本当に胸に手を当てている。 それを目の端に留めた七条さんは今、思いついたという様子で西園寺さんに問い掛けた。 「そう言えば、郁は何か伊藤君にお返しをするんですか?」 「………………いや」 「おや、そうなんですか」 「そ、そんな、いいんですよ。あの時は…」 俺が西園寺さんに贈ったのはバレンタインのチョコレートじゃなくて バースデープレゼントだから。 真っ白な紅茶のカップと真っ白なソーサー。 俺が買えるような安物を西園寺さんが使う訳が無いと思ってたんだけど。 それは、俺の部屋に置いてある。俺と2人きりでお茶を飲むときに使うのだと 綺麗な人は微笑んで言ってくれたのだ。 1人で頬を緩ませていた俺に西園寺さんは。 「…啓太は私からのお返しは要らないのか?」 「え〜と。俺の方が誕生日が後なわけですし……」 うう〜。こういう言い方、何か催促してるみたいで嫌なんだけど。 「何が欲しいか言ってみろ」 ホワイトデーなんて、ちょっとしたバレンタインのお返しの筈なのに。 そりゃ、バレンタインに命かけてる(?)人だっているだろうけど、そんな喧嘩ごしにならなくても。 う〜ん、と唸っている俺の答えを、今か今かと待っている西園寺さん。 急にそんな事を言われても、困っちゃうよ……。 西園寺さんはむすっとした顔のまま七条さんをちらりと見た。 七条さんは、やれやれという感じで。 「それでは、僕はこれで失礼しますね」 「ああ」 「帰っちゃうんですか、七条さん?」 「啓太は私と2人っきりなのが嫌なのか?」 「さいおんじさ〜ん……」 もう、突っ伏したい気分だ。 「後は自分の部屋でやった方がはかどるものなので。ゆっくりしていって下さいね、伊藤君。 ブリュレはちょっと凍らせてもおいしいそうですよ」 七条さんはかちゃかちゃと自分の分のカップを片付けている。 「明日くらいまでは持ちますから、冷蔵庫に入れておきましょう。 時間を見計らって僕が冷凍庫に入れておきますから」 簡易キッチンから戻り、帰り支度をする七条さんは、「ね」、と俺に目配せした。 「臣……」 「はいはい。郁、あまり伊藤君を困らせては可哀想ですよ」 「早く、行け……」 すっかり帰り支度を終わらせた七条さんは面白くて仕方が無いという様子で西園寺さんと俺を見て 「ああ、伊藤君。口に…」 「臣」 「分かりました。それでは、また、明日」 と、部屋を出て行った。 ………やっぱり、俺たちが追い出しちゃったんだよな。 何か、悪いことしたな〜〜。 「それで、啓太は何が欲しいんだ?」 背凭れから身体を離し、俺にぶつかりそうな勢いで迫ってくる西園寺さん。 戻るんですね。 終わらせないんですね。 その話題から離れてくれないんですね……。 俺はがっくり、テーブルと睨めっこする。 「啓太…」 西園寺さんが俺の頬に片手を添え、上向かせる。 そのまま親指の腹で俺の口唇の端をぬぐうようになぞる。 「ケーキは美味しかったか…?」 俺の口に付いたケーキを取ってくれたんだ。 そんなもの付けたまま喋っていたなんて恥ずかし過ぎる……… なんてことより。 俺の目の前に不機嫌な西園寺さんの顔がある。 照れたように頬に赤みが差してる。 ちょっと口唇を尖らせて、面白くなさそうな、 西園寺さん本人にもどうしたら良いのか解らないみたいだ。 西園寺さん、もしかして。 妬いてる……? 「西園寺さん」 俺の頬に手を当てたまま目を合わそうとしてくれない。 美貌と知性を兼ね備え 常に己の限界を超える高みを目指し 完璧で有ろうとする人 与えられるものに何の価値も見出さない 気高い人 そんな全てに抜きん出た人が平凡で、ちょっと運が良いのが取柄の俺なんかのために 必要も無いヤキモチなんて妬いて。 こんな表情を見せてくれて。 西園寺さんに俺をちゃんと見て欲しい。 「西園寺さんを、俺に下さい」 「啓太?」 今、西園寺さんの瞳には俺が映っている。 少し泣きそうな表情の俺が。 顔はそうなのに、心の奥ではちょっと笑ってしまいそうな俺が居る。 「西園寺さん、言いましたよね。何が欲しいって。 俺が欲しいのは、………あなたです……」 西園寺さんは一度、目を閉じて、ゆっくりと開けた。 「私は正直な人間は好きだ」 すごく西園寺さんが愛しい。愛しくて堪らない。 もっと、俺を求めて欲しい。 どうしよう、俺、俺……。 俺に触れる西園寺さんの指に力がこもる。 もう一度、西園寺さんの指先が別の意図を持って俺の口唇をなぞる。 「啓太、体温が上がった」 自分でも分かる。身体がもの凄く熱い。 「あの、今日は俺が西園寺さんに、色々と、その………」 「感じさせてくれるのか?」 「さ、さいおんじさんっっ!」 嘘を吐かない正直者の西園寺さんはストレートにものを言う。 いや、言われてることは間違いじゃないんだけど。 そんなに、はっきり言わなくてもいいじゃないですか……。 今のは絶対、態とな気がする……。その証拠に。 「やはりお前は可愛い」 西園寺さんは綺麗な口許に嬉しそうな微笑みを浮かべて 真っ白な制服を纏った腕を俺の首に回し。 俺の頭をしっかり抱きこんだままソファーに倒れていった。 俺は西園寺さんが好きで。 西園寺さんも、俺が……好き、で。 やっぱり俺は、満ち足りています。 ++お礼文++++ すー様から相互リンクとしていただいてしまいましたv うーーわーーーvvvv西啓ですよっ! 七啓大好物ですが、西啓も大好物なのです。 なんというか・・・洋菓子の中ではチョコが一番好きだけど、 和菓子の中では柏餅が一番好きvみたいな感覚と似たような感じで、 こう・・・次元が違うけど、大好きなんです!!! それなのに、西啓少なくて・・・すごい嬉しいですっv 相変わらず、すー様の書かれるものは甘甘で・・いいなぁと思います。 ノリがすごく好きです、私。 七条さんもいいキャラしてますね(笑)やっぱり出るか臣!といった具合で。 すーさま、有難うございました。 末永くよろしくお願いいたしますvお互い頑張りましょう。 そして最後になりましたけれど、HP開設おめでとうございました♪ すー様のサイトは こちらになります。 |