[ 夏の温度 ] 調子が悪い。 気づいたのは、いつだったか。 ああ。 ぼんやりする。 僕がこの症状を『風邪』と判断する頃には、 僕は、気持ちの悪さに耐え切れず、ベッドに倒れこんだ。 +++++ ピチャリ。 微かな水音に、七条は意識を覚醒させた。 そして音源に視線をやり、ぼんやりと啓太を見詰めた。 タオルを絞り終えた啓太が、七条の視線に気づいて笑う。 そのときになってやっと、自分が熱を出して倒れたことに気づいた。 今日は啓太が来ることになっていて、部屋の鍵を開けておいたから入ってこれたのだろう。 それにしても、長身の自分がベッドに倒れ伏していた図は、啓太を酷く驚かせただろう。 「大丈夫ですか?七条さん」 「ええ・・・まあ・・・」 「あ、立ち上がらないでくださいね」 熱でふらふらしてるんだから、なんていって、ぴちゃりと七条の額にタオルを乗せる。 原始的なやり方ではあるものの、 現在販売している冷却シートのようなものは生憎持っていなかったので仕方ない。 「風邪、だそうですよ」 「・・・風邪ですか・・」 「はい」 疲れた記憶もなければ、体を冷やしすぎた記憶もないのだが、 体がそうだと言い張っているのだから、そうなのだろう。 全く、厄介なことだ・・。 折角の夏休み、色々と啓太と遊ぶことを考えていたのに。 これではそれどころではないだろう。 はぁ、とため息をつくと、暑いと勘違いしたのだろう、 啓太が冷房の温度を一度下げる。 「七条さん。ご飯、食べましょう」 「ご飯・・・」 「薬飲まないといけないから・・ご飯、食べましょう?」 ね、と言った啓太の手には、小さなおわん。 「篠宮さんに作り方、教わったんです。 七条さんはお粥あんまり好きじゃないらしいけど、 やっぱり胃に優しいのはこれだから・・・」 「いえ、構いませんよ」 「本当は、七条さんの好きなの作りたかったんですけど、 西園寺さんに聞いてもリゾットの作り方わからなかったし、、、」 しゅん、としょげる啓太に、七条はにっこりと笑いかけ、 粥の入っているお椀を啓太の手からそっと取り上げる。 「君が作ってくれた、ということだけで、僕はとっても嬉しいですよ」 「七条さん・・・」 「ね」 「はい」 七条の言葉に、啓太は嬉しそうににっこりと笑って。 湯気が立っている、七条から見たらお湯につっこんだご飯のおわんを、 啓太は七条に手渡そうとする。 それに難色を示すのは、七条だ。 「食べさせては、もらえないんですか?」 「…え?」 「折角ですから。ね?」 「ね?って……」 折角も何も。 風邪じゃなくても隙あらば食べさせあいをしている七条が、今更何を言うか。 おわんを一向に受け取る気配がない七条に、啓太は困惑の視線を向ける。 「ね?」 ただ、七条は微笑するだけだ。 諦めて、とろりとしているご飯をサジでひとすくい。 「あ、の…えと、口、開けてください」 「ふふ」 熱かった粥の熱は、アホらしい問答で口に入れても熱すぎないほどに冷えている。 冷ましてもらえないのはある意味残念だ、なんて馬鹿なことを考えながら、 七条は粥を口に含んだ。 咀嚼する必要もないほどに柔らかな米。 微かな味付けはされているのだろうとは思うが、全く感じなかった。 ただのお湯、といっても差し支えない程度。 熱で味覚が麻痺しているせいか、自分が元々持っている嗜好のせいか。 それでも。 啓太が自分のためだけに作ってくれたという、それだけで。 自分を思って作ってくれたという、それだけで。 ただのお湯だろうがふやけた米だろうが、美味しく思えるのである。 「あとは、薬…」 「それは、飲ませてください、なんて言えませんね」 綺麗にお粥を平らげた七条に、薬と水を渡せば、七条は残念そうに呟いた。 薬を、飲ませる。 方法は、そんなになかった。 ぼんと顔を赤くする啓太に一つ笑って、薬を口に放り込む。 薬の方が、まだ苦味という味があった。 「口移しは魅力的ですが、風邪がうつってしまいますしね」 「もう!」 からかわれたと思った啓太は、七条に向けて頬を膨らました。 からかいではないといったら、どうなるだろうか。 その先を想像して、くすくすと笑えば、啓太がぼすと七条が寝ている布団を叩いた。 柔らかな布団越しだから痛さはないし、啓太もそれを承知の上だろう。 それを思うとまた可笑しくて、 それでもまた叩かれてはたまらないとばかりに笑いを噛み殺した。 「もう!それで、あとは何かして欲しいこと、ありますか?」 「何か?」 「はい」 こく、と頷く啓太は、何かをしたいのだろう。 いつも七条は啓太の面倒をみてくれている。 それはすでに七条にとっての趣味のようなものであり、 (啓太の世話を焼くのは啓太から必要とされているようでとても嬉しいし、 一つ一つの所作に一々啓太が顔を朱に染め、大変愛らしい姿を見ることが出来る為だ) また、西園寺の世話をしていた七条にとっては、当然のことなのだろう。 それでも、西園寺のように人に世話をされることが慣れていない啓太にとって、 自分は何も出来ないと、肩身の狭い思いをしてきたのだ。 今回はその恩返しをするのに絶好の機会、とばかりに、 啓太は張り切っていた。 勿論……七条の役に立てることで緩む頬に、 七条さんは風邪を引いて熱を出していて、とっても苦しいんだからと罪悪感を抱きながら。 「…お世話をしてくれるんですか。君が、僕の?」 「はい。篠宮さんに看病のやり方、聞いてきたんですけど、 七条さんがやってほしいことやるのが一番だって言われたから」 七条さん、やってほしいことありますか?なんて。 そんな可愛らしい顔で聞くものだから。 「全く…」 「?」 「君に熱をうつしてしまうので、下手なことは言えませんね」 残念、と目をつぶる。 こんな気持ちの悪い感覚、愛しい彼に実感させたくない。 流石に手が出せず、熱い息を吐いた。 「七条さん?」 「キスも、出来ません」 本当に残念そうに呟き、啓太の手を取ってそこに口付けた。 その所作にも驚くが、何より、手とその唇の熱さに驚く。 普通ならばそれは少し熱い程度なのだが、 普段のひんやりとした七条の温度を知っている啓太にとって、 いつもよりも随分高い。 熱があると知っていてもいつもの温度を予想していた啓太にとって、 熱いキスは驚愕に値する。 「七条さん!ホントに、すごい熱!」 「ええ。だから、本当に何も出来ないんですよ…」 「それどころじゃ……」 眉を下げた啓太の頬を、安心させるように少しだけ撫でる。 「今はして欲しいことは、特にはありません。 ただ、許されるなら、一緒に居てもらえますか?」 「そんな、勿論です」 「有難う。風邪をうつせないから、あちらの椅子に座ってもらうしかないですが…」 そう言って椅子を見れば、啓太はずりずりと椅子を運んできて、 ベッドの真横に位置させる。 「そんなに近いと、うつりますよ?」 「いいです。人にうつすと、風邪って治っちゃうんですよ?」 「君にこんな思いをさせるくらいなら、自力で治しますよ」 「じゃぁ、早く治してくださいね」 タオルを水で濡らし、七条の額に乗せた。 そして、体を起こす前に、少し倒して唇を瞼に触れさせる。 七条が啓太によくする所作だ。 「折角の休み、君と一日一緒にいるつもりだったのに。 朝からふいにしてしまい、とても残念です」 「はは…」 「ずっと、一緒に居たかったのに」 熱の篭った七条の声は、体に悪い。 背筋を這う悪寒に似た何かを振り払うように、啓太は首を振った。 それでも、赤い頬の色は消えないが。 「ず、ずっと、居ますから!」 「…」 「俺は、今日、ずっとここに居ますから!ずっと、一緒です!」 だからもうそれ以上そーゆーこと言わないでくれと、真っ赤な顔で叫べば。 七条は、微笑った。 「そうですね」 その微笑にすらも、顔が赤くなってしまう自分は、一体どうしたらいいのか。 「ね、寝ましょう、七条さん!ね!」 「そういう言葉は、元気なときに言ってくれればいいのに」 「〜〜〜〜〜〜〜!」 「ふふ。ちょっとからかってみただけです」 やっぱり確信犯か! 赤くなっている頬は、まるで啓太が熱を出しているかのようだ。 「安静にしていてください!!!」 「はいはい。治ったら、いっぱい遊びましょうね」 「〜〜!」 ふふと笑った七条だが、薬の効果か頭がぼんやりとし始めてきた。 時計の音を聞いていれば、眠気が訪れた。 滅多に見ることの出来ない七条の寝顔。 苦しそうだけれども、熱ですら七条の綺麗な顔を崩すことはできないようだ。 綺麗な顔を飽きずに見ながらも、啓太も一つ欠伸を出した。 そういえば、朝から慣れない料理をして、疲れた。 「ん〜。ちょっとだけ…」 眠いときの『ちょっと』程あてにならないものはないのだが、 まぁそんなことも言ってられまい。 睡魔との闘いを早々に諦め、啓太も瞳を閉じた。 +++++ そのあと、熱の下がった七条が、啓太への『看病のお礼』といって、何をするのか。 神と、七条のみぞ知る、といったところだろう。 +++++ 相互リンクお礼ということで、カグラ様に捧げさせていただきます。 夏風邪を引いた臣と、不器用ながらも看病する啓太、ということで。 バカップルで甘々だと尚いいということで。 一生懸命遊ばせていただきました!(違。) あれですね。 なんとかは風邪引かないけど、夏風邪は引きますからね!七条さん!(笑顔) 楽しかったです! 楽しさが一人遊びにならず、カグラ様にも気に入っていただければ良いのですがと、びくびくしております。 カグラさま、リンクの方、有難うございました。 どうぞ末永く、よろしくお願いいたします。 |