[甘い。] そろそろ啓太がやってくる。 心待ちにしているのは、何も七条だけではなく、 勿論西園寺も、である。 素直で可愛い啓太は西園寺のお気に入りであるから。 ・・・七条は西園寺なんかの比ではないが。 仕事をはじめたのは30分前。 集中力だけは、凄いのだ。 後は明細チェックだけ、というところまでを一気に遣り上げてしまい、 パソコンの電源を落とす。 会計部へまわされる書類を西園寺と半分に分けて、 なおかつ今は忙しい時期ではない。 だからこそ、七条はその時間の大半を啓太に回すことが出来るのだろう。 時間までに終わらないときは持ち帰り、 啓太が課題をやっている最中に七条は書類を、というスタイルをとっている。 以前は時間が余って仕方なかったほどの七条が、 時間をやりくりしている、というのが西園寺には可笑しくて仕方ない。 まぁ、当然というかなんというか、 面白がっていられたのは、最初だけであったが。 「お前も随分と・・・変わったな」 「そうですか?自分ではよくわかりませんが・・・」 これを変化と言わなければ、氷が水になることだってきっと変化とは言うまい。 「ああ・・・変わった」 西園寺もどうせこれからは仕事にならないだろうと踏んで電源を切る。 「啓太のおかげだな」 「・・そうかもしれませんね」 メキメキと人間の感情というものを学ぶ七条ははっきり言って怖かった。 西園寺に逆らうようになったのも自然の流れというかなんというか。 つい数ヶ月前までは親友だったポジションが、 今ではどうでも良い人間になっている気がしないでもない。 いやいや、勿論そんなことはないだろうが。 ・・・ただ、中嶋と同じく『恋敵』というカテゴリに一緒くたに放り込まれているのだろう。 最近遠慮もなくなってきたし。 それはそれで悲しいものもあるのだが、 とりあえず親友が人間にランクアップしたことを喜ぶべきなのだろう。きっと。 「そういえば」 ふと思い出したように七条が言葉を発した。 軽いため息すらも伴うその言葉に、西園寺の眉が潜まる。 「・・・大変なんですよ、郁」 「・・何がだ?」 「真剣な話なんですけどね」 「ん?」 「伊藤君が、僕に甘えてくれないんですよ」 パソコンを持ち上げる力があれば、放り投げてやるのに。 これほどまでに力のなさを痛感したのは久々である。 西園寺の怒りに気づいてか、七条がふふと笑った。 「そんなに怒らないでください。半分は冗談ですが、4分の3以上本気ですから」 「・・・計算が合わないじゃないか」 「なら、4分の1だけ冗談、ということで」 本気の方が尚悪いと、何故わからないんだろうか。 ひく、と西園寺のコメカミがひくつく。 「・・でも、本気の話、伊藤君、僕には甘えてくれないんですよ」 「遠慮してるんじゃないか?」 「・・・そうなんですよ。遠慮、してくれるんですよ」 折角、恋人同士なのに。 存分に甘やかしたい七条としては、少々残念な結果になっているのかもしれない。 無論、それしきのことで七条が啓太を嫌いになるなんてそんなこと、 天地がひっくり返ってもありえないだろう。 ・・・・ま、結局どう言ったところで所詮ノロケであるのだから、西園寺が言うことは何もあるまい。 「・・・啓太は私達と一つしか年は違わないんだ。 誰かにおんぶに抱っこで生きている寄生虫のような人間とは違う。 啓太を一個人として見ているなら、好きなようにやらせてやれ」 軽く空を手で払い、会話は終了とジェスチャーする。 「・・・そうなんですけどね・・・」 少し寂しいんですよ、と言いかけた七条の言葉を、ノックの音が阻む。 西園寺が入室許可の声を上げる前に、七条がそちらへ歩いて行った。 つまり、来客は啓太か、と、西園寺が小さくため息をつく。 ・・・バカらしい。 「いらっしゃい、伊藤君」 「え?あ・・・はい。こんにちは」 当然今日も入室許可の後に自分の足で部屋の中に入るつもりだったために、 その前に扉を開けられてしまい、啓太が一瞬目を開く。 が、驚かされるのはもう慣れたようだ。 恋人が七条だ、という点で、仕方のないことかもしれない。 慣れ、というものは恐ろしいものだ。 「あれ?お仕事は・・」 いつの間にか鞄を取られてしまい、啓太が慌てて鞄を取り戻そうとするものの、 それよりも七条のリーチは長い。 啓太の前を進み、ソファに鞄を置かれてしまえば、啓太が鞄を持つ必要はなくなってしまう。 複雑そうに啓太が苦笑いをし、西園寺に何もしていない理由を尋ねる。 「仕事か?そうだな、今日の分は終わった」 「え・・・早いですね」 「どっかのバカが新しい燃料を発掘してきたから、効率が上がってるんだ」 遠まわしの嫌味に、啓太がその真意に気づくことはきっとないのだろう。 今度は大仰なため息をついた西園寺に、七条はそっと柔和な笑みを返し、 啓太は首をかしげた。 「しかもその燃料は生涯途切れることはないので。 ずっと動いていられるんですよ」 七条もそれに便乗してしまえば、更にわけのわからないことになる。 結局啓太は、どうせ考えたってわかんないだろうと早々に腹をくくって、 自分に出来ることを探すことにする。 「じゃぁ、もう3時ですし、俺、お茶入れますね」 「ああ、そうしてくれ」 西園寺が頼もうとすれば、七条が先に立ち上がってしまう。 そのまま啓太の頬にキスを一つ落とした。 「伊藤君は座っていてください。僕がやりますから」 「え・・・でも・・」 「今日は体育だったんでしょう?疲れてると思いますから、ね」 そう言って、七条に行かれてしまえば、それ以上何かを言うのもはばかられる。 西園寺がいっそ関心する勢いで七条の動きを追っていれば、 啓太がため息をついた。 「・・・西園寺さん・・・」 「どうした?」 「七条さんって、すっごく尽くしますよね」 あれを『尽くす』とその一言で集約するとすればきっとそうなのだろう。 かくりと頭をさげ、呆れているというよりも残念がっている啓太に、 西園寺が『どうした』と声をかける。 「・・・その・・・」 「何だ」 「・・・・・えと・・・です、ね」 基本的に西園寺は気の長い人間ではない。 「何だ。はっきり言え」 早々に切れたリミッターに、啓太がたじろぐ。 「あの、ですね。俺も、七条さんのために何かしてあげたいのにな・・・て思って」 「・・・」 つまり、『七条さんに甘えて欲しいな』と、そういうことなのだろう。 啓太にしてみれば、上手く言葉を挿げ替えたのだが、 あいにく、先ほど同じことを言われてしまったばかりなのでどうしようもない。 「・・・啓太から甘えてみたらどうだ」 「あっ・・・甘え・・・・って・・・」 わたわたとたじろぐ啓太は確かに可愛いものの、 色々思うところがあり、西園寺的には複雑だ。 「・・良いじゃないか。甘えてやれば。臣もお前の世話を焼くのは楽しんでいるようだし」 「だ・・・だって、俺、これ以上何をやってもらえば良いのか・・・」 ・・・・それもそうか。 一人で西園寺は納得してしまう。 「だって、朝は起こしてもらってるし、いつのまにか鞄は用意されてるし、 支度も手伝ってくれるんです。 ネクタイも上手く結べないから、結局七条さんに結んでもらってるし・・・」 もういいと言おうとする西園寺だが、啓太はその空気を読まない。 しゅん、と目を伏せ、次から次へと言葉は紡ぎだされる。 「ごはんのトレーとかも、いつの間にか持って行かれちゃうし、 課題も手伝ってもらっちゃってるし・・・・・。 こうやって、紅茶も作ってくれますし・・・」 むしろ自分が七条にやってあげられることは何もないんじゃないだろうか。 啓太が一つため息をついて、言葉に終止符を打った。 「・・・・お前達」 「・・・はい?」 「・・・バカだろう」 中々真剣な西園寺の言葉だが、啓太にはよくわからないらしい。 『へ?』と、ほうけている。 「もう好きにしろ。そして私を巻き込むな」 「あ・・・はあ・・・。あ、西園寺さん?」 「私は帰る」 近くにあった自分の鞄をつかめば、紅茶を作った七条と目が合う。 「結局お前の自業自得じゃないか」 「・・・はい?」 今までの会話が聞こえなかったのだろう。 七条は純粋に疑問を表に出し、首をかしげる。 「どうしたんでしょうね」 「さぁ・・」 今度ばかりはわかっていない七条と、 今度も当然わかっていない啓太が、互いに首をかしげた。 湯気の立ったカップの一つは、主を待つことなく終わってしまった。 「・・・まぁ、郁が行ってしまったので、二人きりの時間を楽しみましょうか」 即座に切り替えを行い、七条が啓太に微笑みかける。 そんな便利な機能を持っていない啓太はまだもやもやとしていたが、 目の前のお菓子を見ただけで飛んでしまう。 便利ではないが、簡単な脳みそである。 「今日のお菓子も、美味しそうですね」 「でしょう?」 ふふと笑う七条の中に西園寺の姿はすでになく。 考えるのはただ啓太のことだけ。 ほわほわと微笑む啓太の頬にそっと唇で触れ、 世間話を始めた。 +++++++++ 相互リンク御礼ということで、 ノゾミさまに捧げます。 『啓太にもっと自分に甘えてもらいたい七条さんと、そんな七条さんに呆れる西園寺さん』 ううん・・・いつもの会計部ですね(笑) ということで、七条さんには存分に甘やかされているようですが、 どうですか、啓太君。 七条さんは尽くしますよ。 西園寺さんに尽くしていた以上に啓太に尽くすわけですよ。 郁ちゃんの時に細やかな気配りをすることを覚えたので、 最大限に利用してくれちゃいます。 郁ちゃんは・・・災難でしたが、まぁ・・・耐えてください(笑) 役得ですよ。役得。多分。 |