[Friend or Rival?]






会計室の二人って。

仲が良いんだなぁ、本当にって思うときがある。



今日も今日とて俺は、大好きな西園寺さんのお招きに誘われ、

大好きな七条さんに会うために会計室の扉を叩いた。

はっきり言って俺は邪魔以外の何者でもないのだから、

少しは遠慮すべきなのかもしれないけど。

だけど、あの西園寺さんが許可を出してくれたから。

西園寺さんは『お世辞』や『社交辞令』から一番程遠い人だから、

俺が行っても良いってことだよね。

会計室の暖かな雰囲気と、美味しい紅茶と美味しい茶菓子に惹かれ、

啓太はついつい頻繁に足を運んでしまう。

勿論、七条も西園寺も心底に歓迎しており、

来なければ二人して拗ねるのだろうから、啓太の行動は大正解だ。



扉を叩いたことによりこんこんと軽い音が立った直後。

啓太は返事があることを想定した筈なのだが、

唐突に目の前の扉が開いてしまって、つい驚いて目を丸めてしまう。



「いらっしゃい、伊藤君」

「し・・七条さん!?」



にっこりと微笑む七条は、見た目だけならば一流ホテルのホテルマンみたいである。

見た目だけは綺麗な男であるし、長年西園寺の側に居たおかげで動作の一つ一つが綺麗なのだ。

・・・無論中身はそんなことなく、こんな動作をするのは西園寺と啓太二人だけに限られるのだろう。

サービス精神旺盛な男のようにはどう考えても思えない。



「今日はちょっと遅かったみたいですね」

「え?」

「お湯を沸かして待ってましたよ。一緒に紅茶を作りましょう」



七条の声は、単純な身長の差から上から落ちてくる。

啓太が小さいのではなく、七条が高いのである。

七条の声に『有難うございます』と啓太が微笑もうとして上を見上げたその瞬間、

七条は髪をかきあげ、啓太の額に小さなキスを落とした。



「臣!!いつまで扉のところに居るんだ」

「おや。怒られてしまいました」

「啓太!早く来い」



うぅ、と呻く啓太の肩を七条が掴み、そのまま会計室の中に誘導する。



「何ちょっかい出してるんだ」

「ふふ。内緒です」

「・・・」



人差し指を口元に持っていき、ぱちりと片目を閉じた。

日本人にはとうてい真似できない、妙に様になっているウインクに、啓太が目を奪われる。

・・・訂正。

目の前の淡いピンクの髪を持つ彼も日本人であった。

この場合、『平々凡々な日本人』に訂正すべきだろう。

はぁ、と啓太がため息をついたことに気づかず、七条は啓太の手から鞄を取りソファの上に置いた。



「伊藤君。今日は何が良いですか?」

「え?」

「チョコもクッキーもマシュマロも、何でもありますよ」



勿論、紅茶の種類も多種多様に。

付け加えたセリフは耳元で囁かれ、その低い声が鼓膜を震わせる振動にひくりと啓太の肩があがる。



「臣一人で行け」

「おや」

「啓太。お前は少しここにいろ」

「え?」

「私の話し相手になるのは不満か?」



きょとん、とした啓太に、西園寺は妖艶に笑った。

顔の造作が綺麗過ぎる。

一応男に惚れられがちな啓太ではあるが、男の子である。

啓太が頬を染めたことに満足そうに西園寺が微笑して、

しっしと西園寺の手が振られる。



「おや・・。郁、酷いですよ?」

「扉の前で啓太を襲う馬鹿には言われたくないな」

「襲うなんてそんな。何もしてませんよね」



ね、なんて聞かれても啓太はことり、と首をかしげるだけだ。

不幸にも毎朝顔をあわせる度に抱きつく成瀬や、

過保護すぎる和希や色々しようとしてくる某副会長がいるこの学園、

額にキスを送られたくらいでは恥ずかしいけれどもなんとも思っていないようである。

『それがこの人達なんだ』と、啓太は啓太で妙な納得をしているらしい。

間違ってはいないし、そう思っている方が幸せといえば幸せだろう。



結局この部屋では会計部部長の命令が第一ということで、七条が負けた。

とへいえ、一筋縄ではいかない幼馴染。

にこにこと笑っているということは、何かしら策を所持しているのだろう。

全く嫌な奴をライバルに持ってしまったと頭を抱えるが、

それしきで啓太を諦めないのは今更である。



「今日の授業は体育があったんですけど、俺のクラス、今テニスやってて・・」



西園寺にとっては嫌いな教科も、啓太にとっては楽しい授業。

当然テニス推薦が居るからトクベツ活躍できるというわけでもないが、

単純に動き回るのが好きらしい。

にこにこと笑いながら一日を報告してくる啓太に、西園寺も頬を緩めて、その長い足を組みなおした。



「俺の今のペアは和希なんですけど、あいつ、結構強いんです」

「ほう?」

「遠藤君がですか」



ポットとコップを三つ重ねたお盆を運びながら、七条が珍しく驚いたような声を出す。

余談ではあるが、コップの隣には皿に並べられたクッキーが添えてあった。



「伊達に年はとっていないということですね」



にっこりと笑って隣に座った七条の言葉に、啓太は『そんな・・・』と苦笑いを返した。

目の前で紅茶を注がれ、湯気が踊り紅茶が模様を作りだす。

成る程、西園寺が紅茶の香りが好きだと言うだけはある。

缶に入っている紅茶ではわからないが、こうやってちゃんと茶葉から作る香りは良い匂いがする。

紅茶の温かさと鼻をくすぐる香に啓太が知らず笑みになる。



「クッキーはあんまり甘くないので、お砂糖入れますね」

「あ、有難うございます」



四角い砂糖が放り込まれるのを横目に、西園寺は一人カップを取った。

湯気をふぅと息で吹き飛ばし、一口飲む。



「どうぞ」



差し出されたカップにもう一度お礼を言って、啓太も両手でカップを掴んだ。

ただし、あまり熱さに慣れていないので、冷ますばかりで実際飲むのはもう少し先になるが。

ふぅふぅと懸命に冷ます啓太に、七条が隣でふふと笑った。

カップを持ったまま啓太が首をかしげると、目の前でも西園寺が笑っている。

何か楽しいことでもあったのだろうか。

少々・・・否、随分勘違いをしながら、どうしたのかと啓太が尋ねようとすると。

急に頭を撫でられた。

細いというほどに細すぎるわけではない、ただし決して太くない、繊細な指が、

啓太の髪を手櫛ですくように何度も何度も往復する。



「ねぇ、郁」

「・・・なんだ。一応、聞いてやる」

「ふふ。有難うございます」



ひらりと西園寺の目の端に黒いものが見えた気がして、西園寺が眉をしかめる。

髪の毛に唇が寄せられても、啓太は気づかないようである。

ただ随分近いところに七条さんがいるなぁと少々無防備なことを思いながら七条を見上げていた。

髪を撫でられているので、視線しか動かせないが。



「・・・僕、我慢出来なくなっちゃいました」

「何が?」

「郁と同じことが」



頭上で交わされる会話を最初は啓太も一応聞いてはいたのだが、

それには絶対的に主語が抜けている。

主語になるべき前提が啓太にはわからないのだが、

どうやら二人の間では会話は続いているようである。

ならば暗黙の了解が二人にしかれていることが主語。

つまり自分には関係ないのだろう。

なら下手なことを聞いて話の腰をおるのもなんだろうと、

やっとさめた紅茶を一口口に含んだ。

・・・ああ、やっぱり七条さんの作った紅茶って美味しい。

勿論、西園寺さんが作った紅茶も美味しいんだけど。

二人の言うところの『主語』はのほほんとどうでも良いことを思っていた。

彼には遠藤の言うとおりもう少し『危機感』というものを持つ必要性がありそうだ。



「今まで、"一応"郁に遠慮してたんですが・・・」

「・・・どこが」

「でも、郁は中々アプローチを開始しないし、

こんな可愛い羊を目の前に放牧しておくというのも、ちょっと勿体無いかな、と。

特にここには、たくさんの狼が居ますし・・」

「お前がその筆頭だろう」

「まさか。僕ほど安全な羊飼いは居ないと思いますよ」

「・・・これほど厄介な牧場犬も居ないだろうな。

狼を追い出しておきながら、羊を狙っている」

「ふふ。牧場犬は、ちゃんと羊と一緒に居て、羊を守ってあげないと」



それまで話を聞いていなかった啓太が、急に『ねぇ?』と七条に話を振られ、

とりあえず頷いておく。

わけがわからないながらに笑顔な啓太に有難うございますと笑いかけ、

西園寺に挑発的な笑みを送った。

それに答えるように、西園寺もにやりと笑う。



「啓太」

「はい?」

「今度の日曜、コンサートに行くか?チケットを貰ったんだが」

「コンサート、ですか?あ、はい、行きたいで――・・・」

「ダメですよ、郁。今度の日曜日は伊藤君は僕と出かけるんですから」

「・・・え?」

「近くに新しいカフェが出来たみたいなんですけど、

そこのケーキが凄く美味しいらしですよ。一緒に食べに行きませんか?」

「ケーキ・・・」



コンサートもこの前行って結構楽しかったし、西園寺とでなければいく機会はそうそうあるまい。

だけど、ケーキ。

いつでも食べられるといえばその通りなのだけれども、早く食べてみたいのは甘党としての欲求。

どうしよう、と頭を抱えていると、西園寺と七条の会話がまた頭上で始まる。



「餌付けばかりするのもどうかと思うぞ」

「ふふ。だけど、たまには健康的に走らせてあげるのも大事ですよ。

コンサートばかりでは、ね」

「毎日毎日餌付けして、それでもまだ足りないのか?」

「ふふふ。餌付けなんて、人聞きが悪いですねぇ」



会話の流れがわからなくて、ついつい啓太が『何の話なんですか?』と聞いてしまった。

帰ってくるのは七条のにこやかな笑みと、西園寺の艶やかな笑み。



「子犬の話です」

「子犬の話だ」



返答は同じタイミングで。

その後も、ぽんぽんと主語が無いために啓太には理解できない会話の応酬が続く。

・・・まぁ、西園寺や七条がいくら頭が良くても、まだまだ青春真っ盛りの高校2年生。

少々恋愛に熱くなるのも、仕方の無い話である。



会計部の二人って、本当に仲が良いなぁ。

他の人が見ればそれは単に啓太を奪い合っているとしか思えない光景なのだが、

当事者の啓太から見れば、『仲が良い』光景のようだ。

羨ましいなぁ。俺もこんな仲の良い一生の親友ってのが欲しいかもしれない。

そんな方向違いのことを思いながら、啓太の一日は幸せに過ぎていくのだった。







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相互リンク御礼で、HOPEのあや様へ。
会計部×啓太です。えと・・・一応。

西園寺さん・・・・七条さんに勝てるのかなぁ・・・・・・。
・・・・うー・・・あー・・・何か勝ち目なさそうだなぁ・・・。
いやいや、そんなことありませんよ。
大丈夫。頑張って。郁ちゃんには郁ちゃんの魅力があります。
私西園寺さん大好きですから!!

あや様、相互リンク有難うございました。
これからも末永くよろしくお願いいたします。