[Sleeping Beauty.] かつり、と足音を響かせ、七条は一枚のドアの前に立った。 飾り気のない扉。 そっと手をかけゆっくりと開けば、 やはりここも年月か、ぎぎぃ・・・と耳障りな音が響いた。 「・・・」 ゆっくりと中に入っていく。 一人部屋とするならば随分スペースがある。 だけど、そこは確かに男の子の部屋。 整然としている部屋には、無駄なものは一切ない。 不意に、一陣の風が吹いた。 ベッドを覆っているカーテンをめくりあげた。 そこでうっすらと目を閉じている子供に・・・七条は息を呑んだ。 「これは・・」 全く飾り気のないベッド。 ただ白いシーツに白い布団をかぶせたそこに少年は眠っており、 少年に対しても飾りはなく、ただおざなりのようにドレスが着せてあるだけ。 目鼻立ちがくっきりしているわけでもない、極上の美人とはいえない顔立ち。 だけれども。 夢を、見ているのだろうか。 口元に幸せそうに浮かぶ笑みは、 何故か七条の胸に迫った。 時間が止まっている、と言われていたこの城。 途中にいた者達も、拍動すらも止めていて。 ・・・それなのに。 どうして、どうして、ここで眠る彼は、生き生きとしていた。 健康的に焼けた頬や、赤い唇。 今にも、呼吸のために胸が上下しそうな程に、それは綺麗なもので。 ただ、 導かれるように、キスをした。 静かにキスをして離れると、少年の瞼がぴくりと動いた。 それに気づき、七条が見守っていると、 ゆっくりと瞼が開き、空のような青い瞳が七条を捕らえた。 「・・貴方は・・・」 「七条臣。・・君に、会いに来た者ですよ」 「・・・七条さん・・・」 七条の名前を繰り返し、少年がゆっくり起き上がった。 「俺は・・・啓太です。 貴方を待っていました・・・」 そうして。 そっと微笑んだ啓太の笑みは、何よりも七条を魅了するものだった。 瞬間、時が動き始めた。 羽ばたく寸前だった鳩はいっせいに飛び立ち、 女中にさばかれる寸前だった鶏が大声を上げて騒いだ。 女の子と追いかけっこをしていた犬がをんをんと吠え、 水を運んだ男はこけて水を零し、談笑をしていた女中達に水をかけてしまい怒鳴られていた。 それまで城を取り囲んでいた茨たちが一気にどこかへ引いてしまい、 落ちる寸前だった枯葉が落ちて、かさりと音を立てた。 「夢の中で俺は、ずっと七条さんを待っていました」 「眠りながら?」 「カズ兄が・・・俺を眠らせてくれた魔法使いが、 俺を助けてくれる人の夢を見せてくれていたから」 はにかむような笑みに、七条もそっと頬を緩めた。 「でしたら、教えてくれませんか?」 「え?」 「僕が君の夢の中で何をしていたか。 それから、君のことも」 「俺のこと・・・ですか?」 「はい。君のことを、たくさん教えてください。 君が僕を知っているほど、僕は君のことを知りませんから」 ゆっくりと啓太の右手を取り、手に口付けた。 ほわり、と、啓太の頬が染まる。 「時間は、たっぷりありますからね」 そうして。 とろり、と溶けそうな程に甘く見つめてくるアメジストに、 啓太は、こくりと一つ頷いたのだった。 +++++++++++ そうして。 王様と女王様の目論見は見事にはずれ、 王子様は、しっかり隣国の王子様に貰われることになりました。 「つーかよ、七条。お前、自分の国に帰らなくて良いのか?」 ぼり、と王様が頭をかきます。 「良いんですよ。僕は啓太君と居るだけで。 それに僕は末弟ですし、兄王とは腹違いですし、今の女王の息子は兄王の方ですからね。 僕がここに来る条件はしっかりと整っていますよ」 「・・・つったってよ・・・」 「気にするな、臣。 そのバカは単に隣国のお前との結婚の際に生じる書類整理が面倒なだけだ。 全く・・。啓太を取られたから怒るならまだ可愛げがあるものの」 腕を組んで女王様が怒ります。 王様はそんなんじゃないと叫んでいますが、さてさて真意はどこへあるのやら。 「それにしても、成瀬君は残念でしたね。 こんなに可愛い君を見れないなんて。 ・・・ああ、勿論もうすぐパーティーを開くときに呼ばれるでしょうから、ちゃんと見れるんでしょうけどね」 「・・・?」 「でも、そのときはもう僕のものですし」 ちゅ、と額にキスを落とされ、啓太はうろたえます。 「啓太、覚えているか? 昔お前は私の嫁になる話をしたんだ。 お前は約束を破るような奴だったんだな。そんな奴に育てた覚えはない」 「王様の方に似てしまったんですよ、きっと」 くすくすと笑いながら、七条が啓太を抱きしめたその瞬間。 随分と大きな扉が、ばたんと音を立てて開きました。 「・・・・丹羽」 「・・・げ。また来やがった」 男のメガネの奥に煌く光に、王様がびくりと肩を震わせます。 「わかっているのか祝宴の準備はもう明後日! それまでに人手の確保及び人件費の会計及び料理代装飾代の確保。 全てを今日明日中に決めないとならないんだぞわかっているのか貴様は!」 「だーもう、わーってるって。 うちの啓太を取ったのそっちだろ?勝手にやってくれよ」 「俺は勝手な公務を増やされて今切れる寸前だ。 今すぐに!ここに王国印を持って仕事をやる誠意を見せろ」 「たってよぉー・・・郁ちゃぁん」 「いい機会だ。たまにはしごかれて来い」 「啓太ぁ・・・」 「啓太君。あの人に近寄ってはなりませんよ」 誰に目をやったところで、王様を助けてくれる人は居ないようで。 とほ、と王様は泣きそうです。 七条の言葉が気になったのか、 男の人の目が七条を捉えます。 「わかっているのか。お前のせいで公務が増えたんだ」 「それでも、末弟の僕は元々お仕事をする立場ではありませんし。 それにホラ。僕がお仕事をしたら、お母様に叱られてしまうでしょう?」 「・・・ふん。能無しが」 「構いませんよ。そのおかげでふらふらすることが許され、 結果的に啓太君に逢えたんですから」 言われている意味がわからないのだろう、啓太が首をかしげます。 「あの人は僕の国の第一王子なんです。 僕は第二王子で、今の女王様の子ではありませんから、腹違いの兄ということになりますね。 よくあるとおり、僕と彼は仲が悪いですから。 僕がいなくなって彼も清々したんじゃないでしょうか」 「そんな・・七条さん」 「良いんですよ。どうせ彼や母からの愛情など欲したことはありませんから。 今は・・そうですね。君の愛情さえあれば」 「・・・ふん。馬鹿馬鹿しい。 丹羽!執務室に行って帰ってくるだけでいつまでかかってるんだ」 「逃げたんじゃないですか。 あの人も、きっと貴方と仕事をするのは嫌でしょうから」 「一々しゃくに障る話し方をするな。誰のせいで雑務が増えたんだ」 「雑務とは失礼ですね。 それに、隣国との付き合いを一番欲していたのは貴方のお母様でしょう?」 「知るか。俺はそんなもの欲していない。 ・・特に、逃亡癖のあるバカ王の納める国など願い下げだな。 おい、丹羽!!」 青い髪の隣国の王様が、足音高く去っていきました。 「さぁ、啓太君。僕等も準備しましょうか」 「え・・・?」 「今日は君の誕生日でしょう? 100年前の誕生日の朝、君の時間は止まったんですから」 「・・・あ・・・そっか」 「準備が間に合わないので、パーティーは明後日ですが・・。 君が年を取る今日という日を、僕にくれませんか?」 「七条さん・・・に・・・?」 「二人きりの時間をください。 ・・ふふ。これでは逆ですね。僕がお祝いしなければならないのに」 「え・・そんな!俺だって、七条さんと居られるの、嬉しいです!」 「そう言ってもらえて嬉しいですよ。 それなら、ね」 ソファに座っていた啓太は、七条のキスを額に受け、立ち上がりました。 残るのは、その国を治めている女王様。 「少し素直に育てすぎたか・・・」 息子がどう考えても騙されているのを見ながら、 深い深いため息をついたそう。 それでも。 啓太と七条は、末永く暮らしたそう。 「さぁー!俊介様の昔話の始まりや!聞いたってー」 「まぁだやってるのかい?俊介」 「由紀彦ー・・・。せやけど、聞いたってな。 俺、七条に財布盗られて今一文無しになってもうたんや」 「それは、でも君が悪いんだろ?」 「そない殺生なこと言わんと。 ・・ところで由紀彦は何しとんの、こんなところで」 「僕のハニーに会いに来たんだよ。 結局、一目も見れなかったからね」 「ふーん」 「俊介は、さっきのは新しい商売?」 「そ。眠り姫の昔話をなー、ちゃんとした形で語るねん」 「へぇ。俊介が?」 「せやったら聞いたって聞いたって。そんで、お金ちょーだい」 「・・・ったく。ちゃっかりしてるんだから」 「そこの嬢ちゃんも姉ちゃんも兄ちゃんも聞いたってー。 あんな、昔〜の話なんやけど、王様と女王様がおってん。 あるとき、そんな二人に子供が産まれて――・・・・・」 +++++++++ ふぇーん・・。 『眠り姫』というとんでもなく美味しいネタを頂いたのに・・。 ・・いや、それ故にか、長くなっちゃって・・・。 捧げ物なのに申し訳ないです!! 帝王の役柄を隣国の王子からいつのまにか義理のお兄ちゃんになっちゃったんですが、 良いですか・・・? 随分現物の話から離れてしまいましたが、 気に入ってくだされば幸いです。 全てを相互リンクしてくださったとおる様へ。 これからもよろしくお願いいたしますv とおる様以外の方は転載禁止です。 |