"Love Love Love" 〜岩井ED〜 もやもやとした思いを抱きながら、眠れぬ夜を過ごし。 朝、西園寺と七条が出たのを見計らい、外へまた足を踏み出す。 一直線へ向かうのは、彼の人の元。 (岩井さんなら、相談に乗ってくれるかもしれない) 口数は少ないあの人だけれど。 ちゃんと、話を聞いてくれて。 一緒にちゃんと考えてくれる人、だから。 短い時間の中であるが、 確かに、岩井は啓太からの信頼を得ているらしい。 相談に乗ってもらって、どうしてもらうとか。 どんな答えが欲しいのか、とか。 そういうことは全く考えていない。 ただ、岩井に会いたい。 その思いだけが足を動かす。 いつもの神社へ、足を運ぶ。 その、途中。 河原でぼうっとしている岩井を見つける。 「岩井さん!」 絵を、描いていないようだ。 啓太の呼びかけに、岩井が振り向く。 「啓太」 一気に、河原の下へ走・・・ろうとして。 石に躓いて、転げる。 ぽすん、と、岩井の腕の中に納まる。 「あ・・・有難う御座います」 「いや・・構わない、が、急に走ると危ないぞ、啓太」 「・・すいません」 腕の中に収まってしまい、顔が火照る。 耳まで赤くなったのを啓太が自覚する。 「どうした、啓太。急いで」 「あ・・・あの、俺、岩井さんに聞いて欲しい話があって」 「・・俺に・・?」 「はい。・・あの、聞いてもらっても・・・良いですか?」 思わず縋る声音になっていたのかもしれない。 岩井がぽんぽんと頭を撫でる。 「ああ・・・。俺で良ければ。話して、楽になるかもしれない」 「・・・・はい・・」 楽になる、内容でもないかもしれないけれど。 だけど、どうしても岩井に聞いてもらいたくて。 ぽつりぽつりと、話し出す。 「・・・あの、俺、今度帝のところに嫁に行かなくちゃいけないことになって・・・」 「・・・嫁?啓太が・・・何故・・?」 「あ、の・・混乱するのはわかる・・と思うんですが・・・」 困ったように、啓太が生い立ちを話す。 小さい頃、女として育てなければならなかったこと。 魔の類に魅入られやすいために、西園寺達に愛され、 おかげで美姫と根も葉もない噂が立ってしまったこと。 そして、帝が求婚してきたこと。 全てを。 「・・・・そうか。啓太は、あの西園寺の一人娘だったんだな」 黙って 話を聞いた後。 ぽつりと岩井が呟いた。 「はい・・。娘じゃありませんけど・・・。・・その、黙っててすいませんでした」 「いや、構わない。啓太が、話してくれたから」 「・・・・」 日の光を反射して、川が煌く。 魚が、跳ねた。 数分か、それとも長い時間か。 時が流れる。 やおら、くしゃりと頭を撫でられた。 「・・・岩井さん?」 「・・・その、啓太は・・帝のところへ行くのが嫌なんだろう?」 「・・・はい・・・。何で嫌なのか、全然わからないのに、何か嫌なんです」 「・・・・そうか」 「・・」 何度も何度も。 優しく、髪をすかれる。 ・・・暖かい。 「なら、啓太は、ちゃんと言った方が良い。嫌だと。 じゃないと、啓太は自分の望む通りの道を進めなくなる」 「・・・岩井さん・・」 「啓太に、泣いて欲しくないんだ。俺も、篠宮達も。啓太が大事だから」 「・・・」 「だから、泣かないでくれ。泣かれると・・困る」 「・・・す・・・いません・・」 岩井の言葉に。 啓太が気づかない間に、ほろりほろりと涙を零していたらしい。 頭を撫でていた手を止め、 岩井が袖で涙をぬぐった。 「ごめんなさい・・岩井さん・・俺・・」 「構わないが・・・、何で泣いたか、教えてはもらえないだろうか・・・。 ただ泣かれると、俺は、人の気持ちに疎いから、わからないんだ」 「・・・俺も・・俺もわからないんです・・。何で、悲しいのか」 「・・・そうか・・」 わからないままに。 次々と零れる涙。 飽きもせず、岩井がぬぐっていく。 「岩井さん・・・袖が・・」 「・・ああ・・・。濡れてしまったな」 「・・・俺の・・せいで・・・」 「・・干せば、良いことだ。今日は天気も良いし」 「・・・」 「啓太が泣き止んでくれれば、それで良い」 その言葉に。 また新たに涙がわきあがる。 涙と共に、どんどん胸の中の気持ちが、形になっていく。 岩井に触れられたところが、熱を持ち始める。 ほろほろと零れる涙をぬぐう岩井を、啓太が赤い瞳で見る。 困ったように、眉を寄せて、 ただ、頬をぬぐう。 ああ。 この人は、 優しい人だ。 ぎゅうと、胸が潰される感触。 それにより、一気に思いが形になった。 俺は・・この人が、好き・・・・・。 好き・・・なんだ。 この、どうしようもなく優しくて、繊細な、この人が・・・。 「・・・もう、大丈夫・・・です」 これ以上触れられていると、おかしくなってしまいそうで。 そっと、岩井の胸を押した。 「・・・そうか。良かった」 嬉しそうな、 だけど、悲しそうな瞳に、啓太までまた悲しくなる。 「落ち着き、ました。すいません。俺、急に泣き出したりして」 「いや・・。構わない。啓太が、頼ってくれるなら」 「・・・」 火照った頬は、泣いていたせいだ。 そう、言い訳をする。 少しだけ長い着物の袖が、風に揺れる。 「岩井さん。俺、ちゃんと言うことにします。帝の所へは嫁がないって。 西園寺さんも、俺の望む通りにしろって言ってたから、わかってくれると思います」 「・・・ああ。それが一番良い、と思う」 「・・・はい」 岩井に褒められると、なんとなく心が暖かくなる気がする。 気持ちのままに、微笑んだ。 「岩井さんのおかげで吹っ切れました。有難う御座います」 「・・・啓太・・」 「・・・最後に。最後に、一つだけ言いたいこと、言って良いですか?」 「・・・ああ。構わない」 「・・・好きです。岩井さん」 面食らった表情。 はとが豆鉄砲くらったような。 それがちょっと面白くて、 唇に・・は勇気がなかったから、背伸びをして、頬にキスを。 へへ、と照れたように笑って。 「それじゃ、有難う御座いました。俺、もう行きますね」 「っ、啓太!」 岩井の言葉に、啓太は振り向かないで。 また河原を走っていく。 今日は俺、泣いてばっかだ。 そんなことを思って、啓太は泣いた。 Next |