愛してくださいといえば、簡単に買える愛。
その愛を渇望している人が居ることになんて、貴方は気づきもしないのだろう。
愛してくださいといえば、簡単に売ってしまえる愛。
だけど、たった一人に注ぎたいと願っていることになんて、君は気づきもしないのだろう。
でも。
いつか、いつか、気づいてくれませんか?
心の底に閉まってある、小さな小さなこの気持ちに―――・・・・・。
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[ 君のための愛の詩 ]
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「はぁー・・・あ」
啓太は、トイレで大きく伸びをした。
肩へ手を当て、ぐるりぐるりと回す。
「こういうところって・・・苦手なんだよなぁ」
はぁ、とため息がつく。
男子用のトイレなのに、嫌に豪華だ・・・。
元々この店自体のつくりが豪華なので仕方ないかもしれない。
とにかく、こういう華美なところは苦手だ。
大体自分はこういうところに来るべき人間ではないのだが・・。
「どうしよっかなぁ」
話し合いだとかで中嶋がここに居なければいいのだが、
何故だか一緒に居ろと命じられてしまえば、啓太もどうしようもない。
高校時代からの知り合いだろうがなんだろうが、あっちは自分の上司だ。
このまま暫くここに居たいと思うのだが、多分絶対怒られるだろう。
早く行かなければならないとわかってはいるのだが・・。
「はーあ・・・・」
嫌だなぁと思いながら、ノロノロと扉を出た。
極限まで抑えてある証明。暗がりの中で浮かび上がるのは綺麗な人達。
所謂『水商売』と呼ばれている店。
啓太の人生にさほど重要でなかったその店の知識は、啓太の中には皆無に等しい。
悪いイメージを持っているわけでもないが、別に良いイメージも抱いていない。
そういう女性に対してドキリとしないこともないが、
お付き合いしたいとも思わないし、彼女達へ貢ぐ男性達の気持ちもわからなかった。
ホストも居ればホステスもいるこの状況に、店側の狙いのどきどきとは違った緊張感ならあるのだが。
もっと他の客のように楽しめば居心地の悪さも感じないのだろうに、
どうしてもそうなれない自分が悪いのだろうか・・・。
「早く帰らせてもらお・・・」
もう一つ憂鬱さにため息をついたその瞬間。
足元ばかりを見ていたせいだろうか。
どん、と何か固いものにぶつかった。
「わっ」
そのまま倒れるのは、いくら床が柔らかそうな絨毯だからってやっぱり嫌なので、
何とか踏ん張ろうとすれば。
ぐいっと手を引かれ、抱きしめられた。
勿論、抱きしめられたというのは言葉のあやで、
啓太を助けるためならそれをしなければならなかったのだ。
だから、相手に悪気はない。
「大丈夫ですか?」
「え!?わ、あ、有難うございます。すみません・・・・」
開放されて、啓太は慌てて頭を下げた。
そして、頭を上げてその人を見上げたその瞬間。
思わず、ぼうっとした。
「構いませんよ」
そうやって笑みを浮かべるその表情に・・・何故か胸が跳ねた。
こういう店にいる人とは違い、別段華美な服装や装飾をつけているわけではない。
ただ、その雰囲気が華美だった。
男だと主張している高い身長にすらりとした体格。
銀色の髪が薄暗い証明を反射している。
男の目が、少し開かれた気がした。
え?と啓太が確認するまでもなく、男はまたにっこりと笑ってしまい、
確認するのは叶わないが。
「こんばんわ」
「え?あ、はい。こんばんわ」
「君は、先ほどあの人の所に居た人ですよね」
「・・・あの人?」
「・・・・そうですね。こちらへいらっしゃいませんか?」
「え、あ、あのっ・・・・」
啓太が反論する間もなく、手を引かれていく。
案外と強い力に、反撃もままならない。
「あ、あのっ・・・」
周りに人がいないソファまで連れて行かれる。
そこで手を離され、失礼しますと足の下へ手を入れられた。
流石に驚いて、首に縋りつく。
「わぁっ!!!」
「大丈夫ですよ」
ひょい、とそのまま椅子に座らされる。
どうやらそのためだけに抱え上げられたようだ。
わたわたとしている間に、男が隣へ座った。
「あ、え?あの・・・」
「先ほどから君に興味を持ってたんです。
ちょっと探してたんですけど、見つかって良かったですよ」
「探して・・俺を、ですか?」
「あの人の・・・中嶋さんの隣に、随分と可愛らしい子がいると思って。
あの人に騙されているのかと、心配になりました」
「騙されてる・・・って・・・、そんなことないです!!」
「それでは、何故君みたいな子があんな人の隣に?」
「な・・何故って・・・えと、俺の上司だから・・・かな・・・」
「上司?君も、あんな悪徳弁護士になりたいんですか?」
「や、俺は別に弁護士志望じゃなくて・・・単なるマネージャーっていうか秘書みたいな感じで・・。
それに中嶋さんは別に悪徳弁護士じゃ・・・」
「彼に何もされてませんか?
君みたいな可愛らしい子が泣かされてしまうのは、あまりに可哀想すぎる」
「え・・あ、あのっ・・・」
矢継ぎ早にかけられる質問でわかったこと。
・・・・・もしかして、中嶋さんとこの人、ものすごく仲が悪いんじゃないだろうか。
中嶋さんと仲が悪いホストの人の名前なんて俺、聞いたことないんだけどなぁ。
隣から来る嫌なオーラに、だらりだらりと冷や汗を流しながら、身を縮こまらせる。
「・・・あ」
「どうしましたか?」
「郁ちゃんのペット!!!」
そうだそうだ、中嶋さんがいつも言ってる嫌いな人の名前だったと、
何故だか安心するのは人の性か・・・。
いやー良かった良かったと思い出せたことに思わず笑って胸を撫で下ろして。
・・・・当然のことで現実を思い出してその場で固まる。
誰が『ペット』と言われて怒らないというのか。
間違えていることを期待してそろり、と上目遣いで男を見上げる。
一瞬虚をつかれたように固まっていた男だったが、
啓太の瞳を見た瞬間。
「・・・っふ・・・」
「え?」
「ふふ・・・君は・・・っく、面白い人ですね」
笑い出した。
「え?あ、違いましたか?良かったぁ・・・」
一瞬きょとんとした啓太だったが、自分のことをペットと称されて笑う人間はそうそう居まい。
早々に誤解だったと一緒に笑い始めてしまう。
だが。
「いえ。それは多分、僕のことですよ」
そうは問屋が卸さないらしい。
肩を震わせていた男は、当然のようにさらっと言い放ってくれた。
「・・・・・すいませんでしたっ!!!」
言い訳は出来まい。
言った挙句、更に笑ってしまった。
思い切り頭を下げれば、何故か頭を撫でられた。
優しげに髪をすくその動作に、困惑する。
「えっと・・・」
「可愛いですねぇ」
「・・・っは?」
「構いませんよ。ですが、いつまでもその名前で呼ばれるのは僕も困ってしまいますので、
自己紹介してもよろしいですか?」
「え?あ、勿論ですっ。俺は、伊藤啓太です」
「そうですか。伊藤君、僕は七条臣と言います」
よろしくお願いします、と満面の笑顔を浮かべる男に、
啓太も照れたようにこちらこそと頭を下げる。
「・・・あ!!俺、いい加減戻らないと」
「そうですか?残念ですね」
「そんな!えと、あの本当にすいませんでしたっ」
「構いませんよ。・・・ああ、でも・・」
つい、と七条の親指が啓太の唇をなぞった。
「なっ!!!?なっ!」
「最後に、君のその可愛らしい唇で、僕の名前を呼んでくださいませんか?」
「えっ、あ、あのっ!!?えと・・・七条、さん・・・?」
「・・まあ、かろうじて合格点、ということで。
本当は臣って呼んで欲しかったんですけどね」
「え?え・・・??」
「伊藤君」
にっこりと笑った七条に手をつかまれ、至近距離で瞳を覗かれた。
アメジストのその瞳の中に、困惑している自分がそれぞれ一人ずつ隠れている。
「僕は、君が好きになってしまいました」
「・・・・・・・・・・は?」
「いわゆる、一目惚れという奴ですね。
君と話していて、あまりにも君が可愛らしい子なので、ついつい気に入ってしまったんです」
「え・・・あ・・・えと、有難うございます・・・?」
「こんな店に来るのは抵抗があるかもしれませんが、
是非また遊びに来ていただけませんか?」
「あ、えと、は、はい」
「・・・・嬉しいですよ」
困惑している啓太を見て、七条がくすりと笑う。
最後にぎゅっと抱擁されて、やっと開放された。
後ろを見れば、七条はひらひらと手を振っている。
「遅いっ!」
「わっ、びっくりしたぁ」
後ろばかり気にしていたからだろうか、いつの間にか中嶋に襟をつかまれていた。
「中嶋さんが勝手に俺を連れてきたんじゃないですかーっ!!」
「お前が手伝うと言ったんだろうが」
「だって、こんなところなんて聞いてなかったし・・」
唇を尖らせる啓太を引っ張り、中嶋が車へ押し込める。
運転は中嶋の役目だ。
「ホステスに欲情したか?」
「んなこと、するわけないじゃないですかっ!!!」
「商談一つ取ってる間に飽きるんじゃない」
「飽きたからいなくなったんじゃなくって、居心地が悪かったんです。
俺、中嶋さんみたいに慣れてないんですっ」
「少しは慣れておけ」
運転中にタバコを吸おうとするから、指からタバコを引き抜いてやる。
ライターは勿論、タバコの箱も没収を。
「おい」
「駄目です。吸いすぎですよ」
「知るか」
「ちゃんと前見て運転してくださいよ。危ないです」
「お前が運転しろ」
「中嶋さんが俺に運転させるのは危ないとか言ったんじゃないですかっ」
「一度の運転に何十箇所も車に傷つける馬鹿が偉そうな口を叩くな」
「だってーっ!!」
ぶつくさと文句を言いながら、先ほどの店で纏まったはずの書類を出すために、
中嶋から先ほど受け取ったカバンをあさる。
「中嶋さん、まだ残ってお仕事やりますか?」
「いや、今日は帰る。急ぎじゃないから、構わないだろう。
以前の案件も昨日で終わったし、暫くは余裕が出来る筈だ」
「ホントですか!?」
店から大して離れていない事務所の地下へ車を滑り込ませる。
「啓太」
「はい」
「帰る前にこれに目を通さないとならない。そこの自販機でコーヒーでも買って来い」
「はーい」
財布を渡され、ポケットに詰める。
中嶋が駐車場の奥へ消えたのを見て、夜暗い中異様に光り輝いている自販機へ向かった。
「えーっと」
中嶋の財布を出そうとして、これくらいと自分の財布を出すことにする。
120×2くらい、ならね。今日の飲み代は全部中嶋さんに持ってもらってしまったし。
どこに財布を入れたかわからなくなり、カバンを漁り、ズボンを叩く。
見つけたのは、知らない財布だった。
「ん?何だこれ」
妙に薄い財布だなぁと、何の気なしに開いてみる。
入っていたのは小銭などではなく、紙幣・・・しかも福沢さんばかり。
「わっ、何だこれっ」
慌てて回りを確認してしまう。
まさかと思って探すが、中嶋の財布は別にちゃんとある。
勿論、自分がこんな財布を持てるわけもない。
警察に届けるのが、妥当なセンなのだろう。
・・・・が。
「・・・いつの間にかポケットに入ってました・・・なんて、信じないよなぁ、普通」
どころか、スリの常習犯に間違えられても可笑しくはない。
「何か・・・手かがりとかあればいいんだけど・・・」
困ったように眉を下げて財布をひっくり返してみるが、
まさか名前が書いてあるなんて・・・小学生の財布じゃあるまいし。
ごめんなさい、と謝って、カードを一枚引っ張り出して裏返す。
何かの会員カードなのだろう、それには、『七条臣』と。
綺麗な文字で、名前が書いてあった。
「七条さん・・・って、七条さん?」
どうして、と啓太が首をかしげるのも、仕方のない話だ。
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「臣!・・・なんだ、嬉しそうだな」
「・・・郁。ふふ、イイコトがあったんです」
「イイコト?」
「はい。イイコト、です。
ああ、今お金の手持ちが少ししかないんで、万が一お金が要り様になったときは貸してくださいね」
「・・・は?」
「郁のペットで良かったですよ」
ふふ、と笑う七条の真意を悟るのは、いかな幼馴染な西園寺でも無理なよう。
「可愛い子だったんですよ、本当に」
「・・まあ・・別に構わないが、程ほどにな」
「はい。勿論です」
これ以上胡散臭いものはないという笑顔が薄ら寒く、
西園寺が軽くため息をついた。
NEXT
タイトルは『キミのためのアイのウタ』と読んで欲しい所存です。語呂的に。
えーと、この話。書いててたーのしくて仕方ないです(笑)
ページのレイアウトを考えるのが最近楽しくて、これも随分と試行錯誤させていただきましたけど、
それよりも胡散臭い臣が書けるのが楽しくて楽しくて。
でも臣さん、初対面な子に財布渡しちゃ駄目よ。
啓ちゃんだから大丈夫なんでしょうけどね。
ちなみにコンセプトはホストなのに客(啓太)に貢ぐ臣で(笑)
胡散臭い臣さんを書くのは楽しいのですが、
啓太をホストクラブへ連れて行くのはものすごい苦労してしまいました・・・。
元々そういうところに行く子ではないので・・。
ドラマCDネタですが、ホストへヴンはあれは流石に強引ですよね。(苦笑)
どんなところを喫茶店と勘違いしたんですか、啓太君。
それはあからさまに啓太を連れ出したいが為に和希が先回りして、
看板を挿げ替えたとしか思えません。
とまぁあそこまで無理やりな設定を出すわけにもいかないしーと考えた結果、
今回の啓ちゃんは中嶋さんの秘書さんです。
ただ中嶋さんに啓太を連れてきてもらう為がだけの設定なので、
今後中嶋が出てくることはありえません(断言)基本はありえないと思います。
ちょこちょこ出てくるかもしれませんが、介入はしないはず。
郁ちゃんも介入しないだろうな〜といった感じです。
だって七条さん、啓太に一目惚れしてるんだもんもうっっ!!!
強引にしないといっておきながら、ホストへヴンとためはれるくらい強引設定だと自覚してます。
これでも数度は書き直したんですけどねぇ・・・。
つーかホスト経験がないので詳しいことはわかりません。120%捏造で。
ホストとホステス同じ店にいやしないだろうがと突っ込みは入れないでください。
七条さんはホスト似合いますが、郁ちゃんは似合いませんね。
だけどそうなると郁ちゃんはどこに置けばいいんだかわからないんで、大人しく客の相手をしてください。
客の選り好みが出来るホストです(笑)10回指名されて1回でも出てくればいいほう。
リクしてくださったSHOさんに捧げます。よ?(何。)
3話書いたら絵をくれる約束ですが(笑)、
3話続くかすら危ういすごい薄っぺらい話なんですけどどうしましょう。
や、最初は色々考えはしてたんですけどね・・。
とりあえず、膨らませる努力はします。5話くらいまでは!(そんな努力いらねぇ)
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