●Vampire panic!●





翌日になれば、頭もすっきりだ。

何故か布団をかけずに寝ていたし、隣で西園寺が疲れたような顔で寝ていたが、

まあ、深くは気にしない。



「・・よく寝た」



ふぁ、と小さく欠伸を漏らす。

何時に就寝したのかはわからないけれど、何だか寝すぎで頭が痛い。

ふらふらする足取りで、啓太は顔を洗うために洗面所に向かった。

すぐに起きてきた西園寺に怒鳴られて丸めた書類で頭を叩かれたが、

原因がわからない啓太は首をかしげるばかりである。



















今日の夕食には、何故か七条も席についていた。

啓太にとっては、全然構わない。

西園寺は少々不機嫌そうだが、今更気に留めるわけもなく。



食後の紅茶を啓太が3つ分淹れて持ってくる。



「伊藤君も、随分紅茶を淹れるのが上手くなりましたね」

「あ・・そうですか?」

「ええ。とても美味しいです」



七条が気に入ってくれたということは、西園寺も気に入ってくれるだろうか。

啓太と会話をすることなく、淡々と仕事の書類に目をやる西園寺をちらりと見て、

啓太がそっと頬を染める。

そんな動作に、七条が啓太に気づかれないように目を細めた。



「ああ、そうだ。伊藤君」

「はい?」

「伊藤君は、血液はお嫌いなんでしたっけ?」



聞かれて、言葉に詰まる。



「え・・と、あの・・どうして・・・?」

「いえ、別に血が好きだからといって危険視するつもりはありませんよ。

伊藤君のためなら、郁だって血液を差し出すでしょうし」

「臣!人を人身御供のように言うな」

「それに、伊藤君がお望みならば、死なない程度ならば僕の血を吸っても構いませんし。

郁が嫌ならば、全然構わないですが、僕みたいな筋肉質よりも郁の方が美味しそうかなと思って」

「え・・と、七条さん、筋肉質なんですか?」



啓太の疑問に、七条は曖昧に笑った。

服を着ていると随分すっきりしているように見えるのだけれど。

告げると七条が、「見てみますか?」なんて茶化して言うので、

啓太は真っ赤にした顔を左右に振ったくり、西園寺は七条を怒鳴りつけた。



「まあ、それは置いておいて。

伊藤君、以前僕らに、『血の味は嫌いだし』と言っていましたよね。

吸血鬼なのに、そんなことはあるんですか?」

「吸血鬼だからって、血が極上のご馳走ってわけでもありません。

そりゃぁ・・・ちょっとは好きだけど・・・。

でも、お腹一杯になるまで飲んだことはないです。友達が怪我してたらそれを舐めるくらいで・・・。

後は、夏バテで栄養不足なのに何も食べられそうにない時は、

生のお肉とかお魚とかを買って来たり・・・」

「じゃあ、伊藤君は血液が苦手なわけじゃないんですか?」

「苦手じゃないです」

「血が吸いたいとかは、思わないんですか?」

「んーと・・・。吸血鬼って、血を吸う時は相手の首筋噛まないといけないじゃないですか。

何か、痛みはないらしいんですけど、俺は吸われたことないからわからないし、

結構罪悪感が付きまとうから、吸うのは・・・」



ふん、と七条が少し考える顔をする。

やおら、カバンからパックを取り出した。

中は真っ赤なものが入っている。



「?七条さん、それ、何ですか?」

「血液パックです。知人から貰い受けたものですが、伊藤君になら丁度良いんじゃないかと思って」

「え・・・貰っても良いんですか?」

「どうせ、僕が持ち帰っても必要ないものですから」



そりゃそうだろう。七条だって(一応)人間である。

しばらく考えた後、啓太は台所へ入りストローを持ってきた。

パックに突き刺して、ゆっくり吸い上げる。



「どうですか?」

「ちょっと薬臭いけど・・でも、美味しいです」

「血液が固まらないように、薬が入ってますからね。

伊藤君のお口には合いましたか?」



啓太が大きく頷く。

実際の話、人間の血を吸ったのは数年ぶりである。

美味しかった。

やっぱり、体質的に血の方が口に合うのかもしれない。

それに、パックなら相手に気遣うこともない。



すぐに1パック飲み干してしまう啓太に、七条が目を細める。



「有難う御座います、七条さん。すっごい美味しかったです」



何だか変な気もするが、正直な感想である。

七条も嬉しそうに一つ頷いた。



「こんなんだったら、郁。血液パックを一つくらい貰い受けても良いんじゃないですか?」

「へ?何のことですか?」

「・・以前から臣とは話していたが。

西園寺の系列の会社に、医療関係も入っている。

医療なのだから、血液パックならば大量にあるから、一つくらいなら貰い受けることも可能だ」

「あ・・・でも、西園寺さんたちが血液パック貰うなんて・・・怪しまれませんか?」

「まあ、普通の人間なら怪しむだろうが、私の後ろには臣がいるしな。

こいつが居れば、大抵の怪しいことも納得される」



何だかわけのわからない理屈である。

だけど、七条の笑みは、それを否定していなかった。



「啓太が望むならば取ってくるが、どうする」

「え・・・?」

「別に血液パックに金を取るわけじゃない。啓太が欲しいといえば、取ってくるが」



西園寺の顔と、飲み干して、ちょっとだけ血液の残っているパックを見比べる。

血は、美味しかった。

献血用の血だろうから、きっと綺麗な血なのだろう。

美味しかった。

毎日じゃなくて、定期的にでも飲めるのだ。

すごく美味しかった。

ちょっと薬臭いけど、そんなの気にならない。



「・・・」



結局啓太は誘惑に負けた。



翌日から、定間隔というのだろうか。

週に3度、輸血パックが運ばれることとなった。

病院と話をつけてくるのは七条だから、自然パックを啓太に持っていくのも七条だ。

西園寺がいければ良いのだが、それは色んなものが邪魔して出来なかった。

色んなもの、の中には時間だとか立場だとか、七条自身の邪魔だとかが入っているのだが。

まあ、パックを持っていくのは七条なのだから、

いくら西園寺の立場が七条より上だからといって、話をつけたのは西園寺だからといって、

啓太にどれだけ説明したところで。

啓太は、七条に懐くのである。



「美味しいですか?」

「はい!」



何度目かのやりとりである。

パックを啓太に運ぶ度に、同じことを聞くのだ。七条は。

それに律儀に答える啓太が可愛くて憎らしい。

西園寺は啓太たちから少々離れたところで、株価の動きを新聞で確認していた。

・・・まあ、文字なんて全く頭に入ってこないのだが。

機械的に数字を追いかける自分の目はどうなっているのだろうか。

考えるのも面倒だが。



少し離れたところで談笑が聞こえる。

面白くない。

そんな感情を押し隠すことも無く、

西園寺は紅茶を飲み干した。










Next

















●あとがき●

輸血パックなんて普通もらえるんだろうか、とは思うけど、
相手が七条ならば別に誰も疑問を抱かないんじゃなかろうかと思っても見たり。
七条さん、大好きですよ?(笑)