●Vampire panic!●





(この人・・すごく目が綺麗・・・)



自分を覗き込んでくる、アメジスト色の、宝石のような、綺麗な目。

そこに、全てを持っていかれそうな感覚さえある。

催眠術をかけるのは、自分たち吸血鬼の方なのに。

意識・・・が・・・遠のい、て・・・―――。



男の、意識を確認する言葉は、

すでに啓太の耳に聞こえていなかった。

くたりと男にもたれたまま、意識を失ってしまったのだ。




























ふんわりと、甘い香りが広がる。

甘い・・・違う、何だか、綺麗な匂い。

鼻につくのは、その他にも、色んな匂い、があって。



「・・・んぅ・・・」



眉を顰めて、ゆっくりと啓太が瞼を開ける。

向こうには銀髪の男の人が立っている。

ゆっくりと周りを見回せば、ここは自分の家ではない。

何か記憶でも飛んだのだろうか、と、ふるふると頭を振る。

それに男も気づいたのか、ゆっくりとこちらに歩いてきた。



「大丈夫ですか?」

「あ・・・はい。え、と・・・貴方は・・」

「七条臣と言います。君は?」

「あ、俺、伊藤啓太です」



ここは、と尋ねる前に、男が、啓太が綺麗だと思った瞳を、細めた。



「立てますか?」

「え?あ、はい」

「でしたら、あちらで一息いれませんか?」



まるで、紳士が姫を誘うように。

手を差し出され、啓太も、その手よりは一回り小さな自分の手を差し出す。



きゅる、とお腹が鳴った。



ぼん、と啓太の顔が赤くなる。

くすりと七条が笑ったのが聞こえ、居た堪れなくなってくる。

だけど、七条は優しかった。



「君のコンビニの袋はあちらに置いてありますし、僕も軽くなら作れますが。

何が食べたいですか?」



もう恥ずかしくて、言葉にならない。

どんどん俯きながら、だけれども欲望には勝てず、こくりと小さく頷いた。




























七条が作ってくれたサンドウィッチをぱくりと頬張る。

ハムとレタスが挟んであるものだ。

美味しくて、頬が緩む。

ふと七条を見れば、彼の瞳も細まっていた。



「美味しいですか?」

「はい!」

「ふふ。良かった。紅茶もありますよ」



まさに至れり尽くせり。

長いこと一人暮らしをやっていた啓太にとって、懐かしい感覚である。

七条の出してくれた紅茶を一口含んで、それも美味しくてまた頬が緩む。

幸せ。

そんな言葉が現れる。



美味しそうに食べる啓太を見ながら、

時間を見計らい、啓太に尋ねた。



「伊藤君。一つ聞いてもよろしいですか?」

「?」

「何であんなところに倒れていたんですか?・・・・というのは愚問ですね。

何であんなに厚着をしていたんですか?こんなに暑い日にあんな格好をしていたら、

倒れてしまうというのはわかるでしょう?」



本当に心配そうな瞳でこちらを覗き込まれ、

ぐ、と啓太が言葉に詰まる。

まさか吸血鬼だからですと言った所で、信じて貰えないだろう。

別に吸血鬼だというのを隠しているわけでもないから言っても構わないのだけれど、

だけれど、信じて貰えないのならば最初から言わない方が得策だろう。



乾いた喉を潤すように、紅茶を一気に飲み干した。

新しい紅茶を、七条が注ぎ足した。



七条が目で先を促す。

から、思わず視線を逸らしてしまう。













かちかちと、秒針が奏でる音をしばらく聞いた後。

ふぅと七条がため息をついた。

びくりと啓太が顔を上げると、案外優しい瞳があった。



「言いたくないなら言わなくても構いませんよ」

「あ・・・」

「ところで、話は少し変わってしまいますが、もう一つ質問をしてもよろしいですか?」

「え?あ、はい」

「君が倒れていたのは、日射病だけではないでしょう?

何であんなにお腹をすかせていたんですか?お金がないわけでもないでしょうし」

「あ・・・お金は、アルバイトしてるから食べられるくらいはあるんです。

けど、冷蔵庫を見たら何もなくて・・・」



考えてみれば、間抜けな話である。

だけど、ホントに空っぽだったのである。

野菜すらもなくて、啓太自身が驚いてしまったほどだ。

とりあえず水でお腹をふくらませたけど、ふくらむわけがない。

さっきとは別の意味の沈黙が部屋を覆った。



「伊藤君は、現在一人暮らしを?」

「はい。一応4人家族なんですけど、俺だけ家を出てきたんです」

「そうなんですか」



七条は一つ頷いて、どこかへ行ってしまう。

かと思うと、クッキーを取り出して、また戻ってきた。

食べますか?と聞かれ、一にも二もなく頷く。

普通の人間の食べる量では足りない啓太であるから、全然お腹がすいていたのだ。

さくりと口当たりが良くて、さっきまでの重苦しい雰囲気を一気に吹き飛ばしてしまった。

素朴なバターの甘さが丁度良い。



「美味しいですか?」

「はい!とってもっ!!」

「それは良かった。・・・ところで、一つ提案をしてもよろしいでしょうか?」

「提案、ですか?」

「ええ」



にこにこと啓太の食べているところを見つめている七条の背に、

ふいに黒い羽が見えた。

?と啓太が目を凝らせばそれはかき消えてしまったけれど。



「僕も、この家に一人暮らしなんです」

「え?こんなに大きいのに・・・」

「郁が・・・僕の親友がくれたんです。でも、確かに一人で暮らすには大きすぎて、寂しいんです」

「はぁ・・・」

「だから、君が宜しければ、ここに越してきませんか?」

「・・・越して・・・て、引っ越して・・・・ですか?」

「ええ」



ね、と聞かれて、だけどまさか返事が出来るわけもない。



「え・・・だって、七条さん・・・なんで」

「伊藤君を見ていて、ころころ表情が変わって可愛いなぁと思ったんです。

僕の周りにはそういう人はいなかったですし、一緒に暮らせたら、すごく面白そうだと思ったんです」

「・・・はぁ・・」



褒められてるのか・・・?と首をかしげそうになると、

褒めてるんですよ、と、そっと七条がフォローしてくる。



「それに、伊藤君を帰してしまったら、またいつ倒れるかわからないじゃないですか」

「・・・・・」



すごく『間抜けだ』と言われてる気がして、啓太が思わず俯く。

耳が熱くて、赤くなっているのを自覚した。



「駄目ですか?」



そう言われてしまうと、困ってしまう。



とりあえず頷けば、嬉しそうに七条が微笑んだ。










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●あとがき●

七条さん・・・何か企んでいらっしゃいますが、
果たして何を企んでるのか私にすらわかりません。(笑)

にしても、自分七条さんのこともう少し褒める選択肢を作れなかったのでしょうか。
・・・だけどさ、美人さんだけど、西園寺さんの方が美人さんだよね。
中嶋さんの方が美人さんだしね・・・。
でも目は綺麗だと思うのです。

しっかし、吸血鬼の設定がどんどんオリジナルに。
あう・・・パラレルなので見逃してください。