●Vampire panic!●





日差しは苦手だけれど。

窓越しだからといって、すごく焼けるから、常に長袖じゃないといけないけど。



でも、朝は嫌いじゃない。







ひくひくと、啓太の鼻が動く。

とってもいい匂いが鼻をくすぐったからだ。

いい匂い・・・・というよりも、美味しそうな匂い。

暫く眠りの国と現実との間を彷徨っているのだろう、布団の中でもぞもぞとしていた啓太だが、

やっぱり空腹には耐えかね、ゆっくり起き出した。



ぽふ、と、ベッドの上に座り込む。

大きいから、ベッドの上に座るのだって全然平気だ。

だって、大きくなければ七条と一緒に眠ることが出来ないから。

最初は啓太も床で寝ようとしたのだが、七条に押し切られる形で現在は同じベッドで就寝している。

まさか居候の身で新しいベッドが欲しいといえないし、

それに、別に不快ではないため、啓太も文句を言うことはなかった。



ぼんやりと、意識が覚醒するのをときに任せる。

・・・筈であった。

低血圧なので、意識が覚醒するまでに時間がかかるのだが、

朝食の匂いに釣られてきゅるると小さく鳴るお腹が、素早い覚醒を促す。

加えて。



軽いノックの後にドアが開かれた。

ぺたりとベッドの上に座り込んでぼーっとしている啓太を見て、目を細める。



「お早う御座います、伊藤君。朝ごはんが出来ましたよ」



加えて、七条に起こされてしまえば、起きないわけにもいかない。

こくり、と一つ億劫そうに頷いて、手の甲で目元をこする。

うにうにと言いながらのその行動が妙に幼くて、つい七条は笑ってしまう。



「さあ、伊藤君。顔を洗いましょう」



そっと頬に七条のキスを受け、七条の声に従う。

洗面所へ行き、水で顔を洗って、鏡を見てぼさぼさになった髪を撫で付けて大人しくさせる。

そんなに簡単に大人しくなってくれるような髪でもなかったが。

吸血鬼が水が苦手だとか鏡に写らないとか、そんなことはない。

少なくとも、啓太は水で顔を洗うことは出来るし、鏡で自分の姿を確認することは出来た。

今のご時世、十字架を見ないことはほとんど不可能だし、

押し付けられても火傷をするわけでもない。

唯一、嗅覚が発達してしまったためにニンニクはダメだが、

ついでに言えばセロリも納豆もマツタケも匂いが強くてダメだ。

吸血鬼なんて、そんなものである。

寝癖と格闘するのに諦めた啓太は、もう一度顔を洗ってすっきりしたところで台所に向かう。



「お早う御座います、七条さん」

「はい。お早う御座います」



朝が苦手な啓太のために、毎朝七条が朝ごはんを作ってくれる。

同居を持ちかけられて、大きな家はあるし、ご飯はあるしで、

こんな幸せで良いのだろうかというくらい、啓太は幸せ絶頂期である。

七条の言うところの『朝の挨拶』もしくは『軽いスキンシップ』のキスを頬に受けて、

席へ座るよう促される。

紅茶の良い匂いがして、啓太の頬を緩めた。



「伊藤君はいつでも幸せそうで、見ている方も嬉しくなります」

「俺が幸せなのは七条さんのおかげです!」

「だと、もっと嬉しいんですけどね」



さらりと啓太の髪に触れた後、七条がパンを運んでくる。

真ん中に置かれたサラダだって、すごく綺麗な彩りだし。

パンも綺麗な狐色。

目玉焼きは啓太の分は双子になってて、紅茶は啓太の好みにちゃんとミルクも砂糖も入っている。

これが幸せではなければ何て言って良いのだろう。

七条が席についたのを見て、啓太が両手を合わせる。



「頂きます」

「どうぞ。召し上がれ」



七条の許しも得たところで、さっそくご飯にかぶりつく。

とにかく栄養素が足りなくて、お腹がすいてしまっているのだ。

それに、お腹がすいてなくても七条の手料理はとっても美味しい。

卵はとろとろの半熟になってるし、サラダのレタスはしゃきしゃきだし。

ふと、七条が自分を見ているのに気づく。



「・・」

「どうしましたか?美味しくない?」

「あ、そんなことはないです!すっごい美味しいです」

「それは良かった」



七条が笑んで、会話が終ってしまう。

はむ、とパンを齧って、それから、気になることを聞いた。



「あの・・・えと、七条さんは食べないんですか・・・?」



そう聞くと、『そうでしたね』なんて言って、七条が笑う。



「伊藤君があんまり美味しそうに食べてくれるので。見惚れてしまいました」

「見惚・・・」

「気にしないで、食べていてくださいね」



とは言われても、見られているとやっぱり緊張する。

だけど・・結局、ご飯の誘惑には勝てずに、朝ごはんは続けた。



ドキドキする。

何だか、七条に見られているのは、すごくドキドキする。

違う。七条といると、ドキドキするのだ。

だけど、それがなんなのかはよくわからなくって。

甘い紅茶で無理矢理それを飲み下した。








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●あとがき●

まあ随分と啓太が七条に騙されていることが発覚しております。
啓太が幸せそうなので何も言いませんが。
七条が幸せそうなのも今更なので何も言いません。

何だかここで終らせても全然構わないほどにラブラブなんですが、
こいつらどうして良いでしょう。