●Vampire panic!●
本日分の仕事が終った後。
西園寺が一つため息をつけば、
七条はすでに帰り支度を始めていた。
「・・・最近帰るのが早いな。どうした?」
「そうですね。最近、コウモリを飼いはじめたもので」
会社の社長・副社長といった関係なのだが、
幼馴染同士という関係の方が長いからか、何だかそういった感じが出てこない。
コウモリ、と聞き、西園寺がふん、と考える。
不思議に思うが、七条ならば何でも良いか、といったところであろう。
妙な信頼である。いるかいらないかはその人によってであろう。
「とっても可愛らしいんですよ。
太陽の光には目を細め、月の光を浴びるのが好きな子です」
「・・・それで。雄と雌、どちらだ?」
「前者です。男の子ですよ」
もう一度、西園寺が口を噤み思案する。
帰り支度を終えて扉に近づいている七条を呼び止めた。
「お前が気に入るほどの人材だ。優秀なんだろう?」
「残念ですが。あまり優秀ではないと思いますよ」
「・・・まあ、構わない。一度連れて来い」
「ダメです。彼を働かせるつもりはないんです」
「お前の側でも、か?」
「ええ。彼は出来れば誰にも見せたくないんです」
にっこり、と。
楽しそうに微笑む友人を見て、西園寺が呆れたようにため息をついた。
数日前から随分変わったと思っていたが、まさかここまでとは。
「まあ、何でも良い。連れてこないなら私から見に行くぞ」
「ダメです」
「・・・。早く帰れ」
「はい。それでは、先に失礼します」
以前ならば『郁の僕』と言ってはばからなかったばかりか、
常に西園寺の後ろをついてまわるような彼だったのが。
まー、数日でよくもまあ変わったものである。
七条の称する『コウモリ』は、余程の影響力があるのだろう。
やはり、興味がある。
ふふ、と笑いながら、西園寺も帰り支度を始めた。
「只今戻りました」
「おかえりなさい、七条さん」
どういった仕組みになっているのかは知らないが、
朝よりも全然元気になっている啓太が、帰宅した七条を迎えた。
ちなみに、以前はこのくらいの時間から『バイトだ』とかいって、
コンビニのバイトとかに行き生活費を稼ぎに行っていたのだが、
七条によって全て辞めさせられた。
二人分の生活費はあるし、十分お金はあるから、そんなことをしないでくれ。
帰ってきたときに君がいないと、とっても寂しいんです。
そこまで言われてしまえば、お人よしと称されることが多い啓太だから、
ついつい頷いてしまって。
結局、七条の自宅に軟禁状態の啓太である。
だけど、どうせ昼間には太陽が出てて出れないし、
夜は夜で話し相手の七条がいるから、窮屈はしていなかった。
「ああ、いい匂いですね」
七条の言葉に、啓太が顔をちょっとだけ赤らめる。
夜ご飯は、ずっと家にいる啓太の役目である。
がさりとスーパーの袋に入った野菜や肉類の袋を受け取って、啓太が台所へかけていった。
買い物は七条の役目である。
可愛いですねぇと口の中で呟きながら、七条もそれをゆっくりと追っていく。
カバンを置いて、ネクタイ外して。
そんなことをやっているうちに、啓太がひょこりと顔を出す。
「七条さん。ご飯温まりました」
「ああ、有難うございます」
「あと・・・えと、西園寺・・・さん?から、お電話来てますけど」
「・・・郁から?」
おずおずと差し出された受話器を取って。
保留になっているのを確認して、にっこりと七条が啓太に笑いかけた。
何で自分に笑いかけて・・・?なんて思いながら、啓太も思わずへらりと笑うと。
プチッと電話の電源を七条が消してしまう。勿論笑顔で。
「・・・・・・・え?」
啓太がきょとん、としていると、近くのパソコンを立ち上げて少しメールを打つ。
それから、パソコンの電源は落としてしまい、ついでに携帯の電源も落とす。
「次に郁から電話が来ても、切ってしまって構いませんよ」
「え・・・?でも、西園寺さんって、ここの家主の人で、七条さんの会社の社長さんで、
幼馴染で・・・すごくお世話になってる人だって」
困惑したように、啓太が言葉を連ねる。
だって、『西園寺』て名前はすごくよく聞く名前なのに。
すごく色んなことを話してもらった身としては・・・。
なの、だが。
七条は、「そうですねぇ」なんてちょっと考えた後。
「でも、郁なら毎日会社で会えますし」
にっこり笑って、言い切った。
当事者でない啓太の方が慌ててしまう。
「でも・・大事な話とか・・・」
「大丈夫ですよ。郁なら僕が居なくても一人で何とか出来ますから」
そういう問題じゃない気もするのだが、
いくら言い募っても無駄だということはよくわかった。
「それよりご飯にしてしまいましょう。ね」
それに、そんなことを言われてしまえば、
人間よりもはるかに食欲のある啓太だから、お腹が反応してしまう。
きゅる、とお腹が鳴ったのを見て、七条が微笑み着替えを再開する。
着替えを・・・・・・・・・・・・・・・
ぼっと啓太の顔が赤くなる。
「どうしましたか?」
「え?あ・・・あ・・・、なんでもないです!!」
七条の目を見てしまうと、耳まで、首まで赤く染める。
思わず自分が居た堪れなくなってしまい、台所へ逃げ出した。
変な奴だと思うだろうが、仕方ないのだ。
どうしよう、と思う。
ホントに、ホントにドキドキしてきた。
息すらも上手く出来ないほど。
七条の瞳に捉えられると、ダメになっていく。
多分、今七条が居なくなってしまえば、それこそダメになってしまいそうなほど、
七条に惹かれている自分を感じている。
だけど。
ふと思いなおす。
だけど、最近七条を見ていて湧き上がる衝動は、だんだん隠せなくなってきて。
血を、吸いたいのだ。
吸血鬼同士だとそうはならないのだが、
人間を長時間見ていると、不思議と喉が渇いてくる。
水なんかじゃ潤せない程の渇望感。
最近、頭の隅っこで、何かが血を渇望している。
あるいはそれは、祖先の残した吸血鬼としての本能かもしれない。
七条に迷惑をかけちゃダメだと思いながら、
最近、抗うことが億劫になっている。
そろそろ、潮時なのかもしれない。
ふと月を見上げれば、少しだけ欠けた月。
「・・そっか。もうすぐ、満月なんだ」
満月は、魔性の月。
狼男に、魔法使いに、吸血鬼に。
全てを狂わせる力を与えていく。
この日だけは、全てが力をなくしていき、
また、全てが月に操られる日。
その日までに、七条から離れなくてはいけない。
満月までに。
満月までは、あと10日程、といったところだろうか・・・。
○Next○
●あとがき●
あの・・・七条さんがどんどん一人で暴走してしまうのですが、
誰か止めてあげてください。
すでに新婚さんの雰囲気ですが、七条が作り上げている物です。
啓太は踊らされてるだけです。
・・・郁ちゃんが・・・えと・・ゴメンなさい・・・・。
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