●Vampire panic!●
何だか、最近啓太の様子が可笑しい気がする。
朝ごはんを食べながら、啓太の様子をそっと見た。
以前のような元気さがなくて・・・。
何だか、余所余所しい感じすらする。
だけどそれを聞くのも何だか可笑しな気がして、
先延ばしにしていた。
数日経った後。
啓太は一枚の紙を残し、七条の家から居なくなった。
はぁ・・・・。
はぁ・・・。
満月が近づいているからか、
体温が高くなっていく。
ほとんど体温がない吸血鬼にしては珍しいほどである。
ずっと、ずっとずっと昔に体験したことがある。
予感がある。多分、次の満月は赤い月。
妖を魅了させる、赤い月。
満月なんか比じゃないくらいに、それは魅力的で。
すごく、楽しい気分になってくるのだ。
遠い昔の、まだ子供だった頃は家族がいたため、
何とか自我を保っていられたのだが・・・。
「赤い月だって知ってたら、里帰りしたのに・・・」
今から帰るのは無理だろう。
体力的に、無理だ。
ふわふわと、意識が挙がってくる。
こんなことわかっていたら、もっとちゃんと七条に説明をして、話をして・・なんて考えて居たのだが、
唐突に熱くなっていく心臓に、啓太自身慌ててしまったのである。
今頃心配していないかと、不安である。
息が苦しくなる。
ゆっくり、月が円を象っている。
もうすぐ・・・・もうすぐ。
血が、歓喜の声を上げているかのように、沸騰していく。
それに呼応するように、考えるのが億劫になり、全てを思うがままに任せたくなる。
そう。理性なんて手放してしまいたい。
例えば、そこを通る女性の首筋に。
例えば、前を歩いている男子学生の首筋に。
例えば、親と手を繋いで歩いている、あの少女の柔らかな首筋に。
歯を立てることが出来たら、どれだけ楽しくなれるのだろう。
どれだけの、充足感を得られるのだろう。
そこまで考え、慌てて啓太が首を振る。
満月を乗り過ごせば良いのだ。
満月だけ。
「・・・・た・・だいま・・・」
カタン、と音をさせて、啓太が部屋に倒れ落ちる。
ダメだ。動けない。
動いたら、理性の静止を振り切って、きっと足は外へ向かう。
じりじりと肘で這い上がり、部屋の真ん中へ行く。
そして・・・丸まった。
カーテンは閉まっているのに、月の光は太陽の光よりも尚強く啓太の理性を蝕んでいく。
どうか・・どうか、何もありませんように。
丸まり、膝を抱えながら、啓太は懸命に祈った。
たったった、と早足の靴音を響かせ、七条は走っていた。
片手のパソコンを時折開き、確認しながら。
会社から帰ってきて、啓太の代わりに一枚の紙が置いてあるという状況は中々笑える。
それこそ、結婚して倦怠期突入した夫婦の、奥さんに実家に逃げられた旦那の役目である。
だけどこと自分のことに関しては笑っている場合はない。
ノートパソコンと、それから何故か啓太の書き残しの紙を掴んで、家を出た。
「・・・吸血鬼って・・・飛ぶんでしょうかねぇ」
別に詳しいわけじゃないから、よくわからない。
吸血鬼と人間の区別がつく程度である。
吸血鬼だけじゃなくて狼男とかも居たら判別できるかもしれない。
ただ、真夏にこんな暑苦しい格好して昼間に倒れるのは、吸血鬼くらいなもんだ。
倒れたのをこれ幸いと失敬して八重歯を見たり血液を採取してみたり、
色々事実確認はしたので、まず間違いはないだろう。
そういうまあ違いについてはなんとなくわかるのだが、生活についての知識はない。
例えば吸血鬼は水は苦手だと思っていたし、鏡には映らないと思っていた。
一応ニンニクは毒性が強いと聞いていたから止めておいたが、
随分と伝説と違うことがあり、七条としても新鮮であった。
ていうか、純粋に面白かった。
『吸血鬼』への興味から、『伊藤啓太』への好意に移っていったのはいつからかはわからないが、
啓太が出て行く数日前から、啓太が吸血鬼だろうが人間だろうがなんだろうが、
結構どうでも良くなっていた。
とりあえず、何が何でも啓太を連れ戻さなくてはならない。
一人では大きすぎるのだ。あの家は。
それに、まだまだ何もしていないのだから。
一息ついて、また足を走らせる。
早くしないと手遅れになってしまうような、妙な焦燥感がある。
早く、早く早く・・・。
心中が焦らせるのに呼応するよう、足を早める。
月が・・・円を象っていた。
○Next○
●あとがき●
次、で終る・・・かな。
まるで女房に逃げられた七条さんのようですが、
七条さんですから、何とかなるでしょう。(なんだそりゃ)
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