●Vampire panic!●
啓太の実家・・・とはいえ家族はいないが、
啓太が元住んでいた場所は、古いボロアパートと呼んで構わない代物である。
多分、管理人のおばあちゃんの目の前で『ボロアパート』と称したところで、
彼女ならにこにこ笑いながら応答するだろう。
築数十年のここは、管理人さんにはとっても悪いんだけど、人が居なくて。
安くて、人付き合いはない。
啓太にとって、うってつけの住処となって、早数年。
・・・ちなみに、吸血鬼の寿命なんて人間と大差ない。
そんな数百年も生きてたら、退屈でそれこそ死んでしまうだろう。
啓太の祖先が不死身だったかどうかは置いておいて、
少なくとも啓太の周りの人間は不死身ではないので、熱を出したりも普通にする。
ジャー・・・・と水が水道から流れる。
大きい洗面所ではないが、啓太は頭から水を被り、水を飲んだ。
体中が火照ってたまらない。
熱が出てる・・・のだろう。
熱くて、気持ち悪くて、ただ一つのものに体が執着しているのがわかり、それが怖かった。
とにかく、人間さえ見なければ良いのだ。
だけど体の火照りは収まるわけもなく、こうして水で頭を冷やしている最中である。
トン、トン、トン。
寂れた階段の音が、人間よりもちょっとだけ発達している啓太の耳に届く。
お隣の藤井さんは一昨年に引っ越したし、下の間宮のおばあちゃんは・・・もう寝てる時間だよな。
「はぁ・・・はぁ・・・」
熱で朦朧としている頭で色々考えながら、いい加減水に頭をつっこみっぱなしでは息が苦しくなって、
キュッと蛇口を捻って水を止める。
トン、トン、トン。
足音が、近くで止まる。
頭をわしゃわしゃと拭きながら、おやぁ?と考える。
もしかしたら、新しい隣人が入るのかもしれない。
・・・せめて今だけは顔を見せに来てくれるな、と願わずにはいられなかった。
だけど、やっぱり吸血鬼には神なんていないのかもしれない。
ギッ・・・と少々錆びた音をして開いたのは、啓太の家のドアだった。
(の・・・ノックもなし・・?)
びくり、と肩を震わせるが、そういえば玄関のチャイムが壊れてるよーなことを、
ここに引っ越してきた当初管理人さんに言われた気がする。
こんな家に来る人なんてあんまりいないから、忘れていたのだが。
とりあえず、来てしまったものは仕方ない。
こちとら病人である。人間の発熱とは微妙に違うかもしれないが、相手もわかってくれるだろう。
襲い掛からない前に、帰ってくれるのを祈るばかりだ。
「は、い・・・」
そんなことを思いながら、ふらふらと玄関へ向かう。
そう大きな家ではない。むしろ小さい。
昔の米国人が日本家屋を『ウサギ小屋』と称したが、
多分その米国人にこの家を見せたらウサギ小屋じゃなくてネズミ小屋と称されるかもしれない。
もうちょっと部屋数があれば、アリの巣だっていける。
一人暮らすので精一杯の部屋なのだ。
だけど、平衡感覚が失われている状況で、この家を歩き回るのは困難だ。
ぐるぐると床が回っているような奇妙な感覚に囚われつつ、
何とか、玄関へ向かう。
・・・と思ったのだが、洗面所と玄関の仕切りの部分につまずいてしまう。
ぶつかったのは、柔らかな物だった。
・・・・血液が・・・沸騰する。
これは、人間の香。
腕に囚われていてはダメだと思いながら、だけどそれを振りほどく力が出ない。
「伊藤君・・・?熱があるんですか?」
「え・・・?あ・・・しちじょ・・・さん?」
「・・・。一度話し合おうと思いましたが、それどころじゃありませんね。
一度お家に帰りましょう」
「な・・・んで、ここに・・?」
「・・・まあ、色々と、ね。さあ、帰りましょう」
手際よく啓太を抱きかかえると、パソコンも脇に抱える。
ついでに啓太の襟首辺りをさすり、発信機をポケットに突っ込んだ。
「あ・・・ダメ、です」
「ダメ?どうして」
「どう・・・しても・・・・。今日は、ダメなんです・・」
とはいえ、足がガクガクしてくる。
明らかに栄養が足りない。
何か食べないと。何か。
何、か。
・・・食糧は、目の前にある。
「七条さ、んっ!」
慌てて頭を振り、考えを打ち払い七条に向かって叫んだ。
だが、
叫んだところで、どうしようもない。
頭がふらふらするし、立っていられないから必然的に七条に縋る形になる。
「お願い、だから・・・俺から離れて・・・ッ」
それだけを言い放つと。
意識を、飛ばした。
○Next○
●あとがき●
おや。終りません。
前回次で終ると宣言しましたが、実は後2話くらい続いてしまいそうで怖いです。
えーと・・・次で終らせます。
ところで臣さん。
さらりと言っておりますが、普通吸血鬼と人間の違いってつかないと思われますよ。
貴方くらいなものですが・・・今更ですか。
|
|