●Vampire panic!●





(あ・・・この人、すごく綺麗・・・)



とさり、とぶつかった相手は・・・男か、はたまた女性かわからない・・ユニセックスな容貌だった。

思い切り胸の辺りにぶつかった為、男だろうと判断するが、

それでも・・やっぱり、綺麗な人だった。

やんわりと天然だろうか、ウェーブのかけられた髪に、碧の目。

白い肌に、赤い唇が生える。



人間ならば、それを性欲と表現するかもしれないが、

吸血鬼で、尚且つ空腹な啓太としては、それは『美味しそう』としか表現できない物であった。

血を吸ったことはないが、本能が美味しそうだと告げている。

美味しそうなケーキを目の前に置かれた状態だと取ってもらえればわかりやすいのかもしれない。

彼から香る、良い香りも食欲(?)を増進させる。



へにゃ・・・と啓太が顔をゆがめる。

どうして、こんなになってしまうんだろう。

人を襲わないで生きようとしたのに。



「あ・・・すいません・・・」



泣きたくなるけど、どうしようもなくって、慌てて離れる。

彼の不機嫌そうな顔が気になるが、まさか首筋に八重歯を立てるわけにもいくまい。

とりあえず、コンビニにでも立ち寄って・・・・と考えていると。



転げた。



後ろから、彼の視線が刺さる。

何だか色んな意味で悲しい・・・。

だけど、どうしようもなくて、慌てて立ち上がる。



不意に、目の前に差し出された手。



「埒が明かない。お前はこれから行くところはあるのか?」

「ない・・・ですけど・・・」

「時間はあるんだな。なら行くぞ」

「えと・・・どこへ・・?」

「私の家だ。目の前で行き倒れにでもなられたらたまらない」



細い腕なのに、へろへろになっている啓太はずんずんと引っ張られていく。

情けない・・・と思いながらも、啓太は対して抵抗しなかった。

出来なかった、とも言う。























目の前に出された皿は、綺麗に平らげていった。

こぽこぽと注がれた紅茶は、食後の紅茶である。

啓太を拾ってくれた彼とは別の男が、ついでにクッキーも運んでくれて、さくさくと齧る。

自分を拾ってくれた人は西園寺。クッキーをくれたのは七条。

先程、そう紹介を受けた。



「それにしても。郁にしては随分可愛らしいものを拾ってきましたね」



七条が西園寺にも紅茶を注ぎ、差し出しながら呟く。

可愛いとは誰のことだろう、と、啓太が疑問符を浮かべた。



「?」

「・・・先程、家の前で行き倒れていたから拾ってきたんだ」

「行き倒れ・・・ですか?でも、随分健康そうですけど」



七条が言えば、知るかと言って西園寺がそっぽを向く。

啓太としては話の流れがわからないのだが、

とりあえず、この人たちは良い人だ!という認識だけはしてしまった。

美味しいものを出してくれる人に悪い人はいない。

なんとなくそんな気がした。



「ああ、伊藤君。甘い物はお好きですか?」

「甘い物・・・?はい。大好きです!」



元気良く頷く啓太に、七条が目を細める。



「良かった。冷蔵庫に、大量のケーキやら和菓子やらが余ってるんです。食べませんか?」



尋ねたのは、七条である。

だけど、この家の家主は西園寺。

七条に聞かれて、困って西園寺を見ると、呆れたような視線が返ってくる。



「ああ、まだ腹に入るようなら食べていけ。どうせ私は食べない」

「え?」

「郁は、甘いものは嫌いなんですよ。僕も、和菓子はあまり好きではないので、

食べていただけると助かります」



今度こそ啓太は元気よく頷き、目の前はすでにティー・タイムに突入している。

げっそりするのは、西園寺だ。



「・・・・昼食を済ませたばかりだろう」

「でも、甘い物は別腹って言いますし。いっぱい食べられますよね」

「はい!」



饅頭を頬張る啓太に、西園寺がため息を漏らす。

だけど、止めろとは言わない。

取引先から、近所から、とにかく大量に送られる菓子・菓子・菓子。

何故贈り物とは大抵菓子なのだろうと不思議に思うほど。

生憎、西園寺の甘い物嫌いは周知の事実ではなく、

その美しい容姿から勝手に判断され、甘い物が大量に送られる、というのも原因の一つ。

冷蔵庫を占める菓子類の量はすごいことになっているから、

まあ、消費するだけ消費させておけ、ということだろう。 七条の淹れた紅茶を嚥下し、一息つく。



「・・・それにしても。啓太、お前は何をしていたんだ?」

「はい?」

「日本の夏は暑い。どこに比べても、というほどでもないが、

熱中症で倒れる確立は高い。半そでを着用していてもそうなのだから、

そんな厚い長袖で出歩いていれば倒れるのも当然だろう」

「あ・・・えっと・・」



困ったように啓太が笑うと、七条が横からやんわりと口を出した。



「仕方ないじゃないですか、郁」

「・・・何がだ?」

「伊藤君は、太陽が苦手なんです。ね?」



西園寺が眉を顰め、啓太がうろたえた。



「・・・あ・・・の、七条・・・さん・・?」

「・・・なんで臣が知っている?啓太とは初対面の筈だが?」

「伊藤君とは勿論初対面ですよ。でも、文献にはそうありますし、

これだけ厚い洋服を着て太陽を遮断しているんだから、やっぱりそうなのかな、と思いまして」

「・・・あの・・・『そう』って・・・?」

「伊藤君は、吸血鬼じゃないんですか?」



七条のオカルト趣味はとりあえず置いておくとして、

西園寺はふん・・・と一つ頷き、啓太を見た。

ちなみに、慌てて逃げ帰ろうとする啓太は、七条が腕を掴んでいるために椅子に縛り付けられている。

すでに涙目である。



「よくわかったな・・。お前も同類か?臣」

「まさか。でも、まあなんとなくはわかりますけどね」

「そうか・・・Vampireか・・・。ならば納得するが・・何故あんな時間に外に出ていた?」

「そういえば、妙ですよね」



びくびくとその瞳に涙を湛える啓太の顔を二人が覗き込む。

啓太の紅茶は、すっかり冷め切っていた。



「あの・・・・食糧がなくて・・・・」

「血液採取を?」

「俺・・・血の味は嫌いだし、歯を立てるのも罪悪感が伴うから、普通の食事です。

でも、その分人間の3倍くらい・・・かな?大量に食物を摂取しないといけなくって・・・」



元々、そちら側の興味が濃いのだろう。

七条が興味深そうに聞いている。



「・・・あの・・えと・・・俺、どこか連れて行かれるんですか・・・?」

「どうして?」

「だ・・・だって、吸血鬼だし・・・」



きょとん、とした後、西園寺と七条が笑う。



「別に、私はそっちの方に興味は薄れてしまっているからな。

別にお前をどうこうしようとは思わない。臣に関しては保障はしないがな」

「僕もまあ、個人で楽しむ分には構いませんけど、

伊藤君はこんなに可愛くて面白いのに、どこかに閉じ込めてしまうのは、勿体無い気がしますし」



何だかちょっとあんまり嬉しくないコトを言われた気もするが、

それこそ、どっかに閉じ込められるのも嫌なので、大人しく口を噤む。

くすくすと笑った七条が、からかうように人差し指で啓太の頬をなぞった。



「そうですね。閉じ込めない代わりに、僕の家へいらしていただけませんか?」

「ふぇ・・」

「臣!」



七条の発言に、啓太が涙を零しそうになり、西園寺が怒鳴る。



「大体、お前の冗談は笑えない」

「そうですか?でも、中々本気なんですけどね。

だって、伊藤君が来てくれたら、家の中が華やかになるでしょう?」

「何を考えてるかはしらないが、啓太を巻き込んでやるな。可哀想に、怯えきっている」



呆れたように、ぽんぽんと啓太の頭を西園寺が撫でる。

七条が、「おや」なんて言って、微笑んだ。



「苛めてるつもりはなかったんですけどね」

「本気に聞こえる」

「伊藤君と一緒に暮らしたいなぁ、ていう希望は本気だったんですが。ダメでしょうか」

「啓太をストレスの中胃潰瘍にしたくなければその希望は捨てることだな」



ふん、と鼻で笑い、七条の視線から啓太を隠す為に啓太を自分の方へ引き寄せる。



「随分嫌われちゃいましたね」

「嫌っ・・・・てないです!七条さん、良い人だし・・・」

「食べ物に懐柔されるな。はっきり言ってやれば良い」



おろおろと啓太が西園寺と七条の顔を見比べるが、

七条は笑っているし、西園寺は不機嫌そうに口を結んでいるため、どうして良いかわからない。



「・・・だが、啓太を家に置く、という考えは同意する」

「へ?」

「お前は一人で暮らしているのか?」

「あ・・はい」

「ならば、この家に来い、啓太」



しばらく、言っていることがわからなくて、一呼吸置く。

吸った息と同じ量の息が、声として吐き出された。



「えぇぇぇっ!?」

「耳元でわめくな、啓太」

「で・・・でも・・・」

「だってね、伊藤君。考えてみてください。

僕達は、少しの時間ですけど、君とお話して、すごく君が好きになりました。

それだけなら別に良いのですが・・・・」

「道路を見たらお前が倒れていた、という状況になったらどうする」

「僕達は、きっと自分を許せないと思うんですよね」



のほほん、と七条が言って、反論を封じるように啓太の口に饅頭の残りを押し込める。

律儀に啓太がそれを咀嚼するのにあわせて、西園寺も紅茶を飲み干した。



「臣の家は、ここから数分離れたところにある。

私の家だろうと臣の家だろうとどちらでも構わないが、どうする」

「でも・・・俺、家賃とか全然払えないし、お金ないし・・・」

「家賃の分は気にしなくて良い。どうせ金は余っている」



でも・・・とまだ躊躇の姿勢を見せる啓太に。



「それとも、お前はこの家に来るのが嫌なのか?」



トドメの一言、とでも言うのだろうか。

西園寺のそれは、啓太のお人好し精神をくすぐったようで。

いつのまにか啓太は一つ、頷いていた。








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●あとがき●

七条さんに対して、郁ちゃんはベタ褒めですが、臣さんの方が好きです。はい。
郁ちゃんも好きですが。

何だか西園寺さんって、七条さんがいないと話が進まなくて困っています。
こんなんだったら、七条ルートでも西園寺さんちゃんと出しとくんだった・・・。