●Vampire panic!●
結局、押し切られるように啓太は西園寺の家に置いてもらうことになった。
西園寺の家は、とにかく豪華である。
およそ質素とは縁のない生活。
勿論、啓太だって西園寺に拾われていなかったらこんな生活とは全く縁がなかったろう。
啓太の住んでいた家は、ボロアパートである。
過去形なのは、西園寺と七条がいつの間にかアパートの契約を打ち切ってきてしまったためだ。
西園寺曰く、『ここにいるのなら必要ないだろう』だそうだ。
では何故啓太が食事の支度をしているのかといえば。
単純に、西園寺が人を周りに置くことをあまり好んでいないからだ。
普段ならば七条が来て食事を取って七条を帰らせて・・・という生活スタイルだったが、
啓太がいるのだから、別に七条は必要なくなったわけである。
最初に言ったときは七条も苦笑いをしていたが、
いつのまにやら、たまに七条も遊びに来て啓太の手料理を食べるようになっていった。
・・・まあ、最初は七条と、会社に連れて行って七条の秘書代わりに使うという意見と対立したが、
啓太を拾ったのは西園寺だという事実が、西園寺の意見を通らせた。
西園寺の秘書は七条なのだから、七条の秘書ということは西園寺に通じるのだが、
あからさまな好意を啓太に投げかけている七条に、啓太を渡す真似はしたくなかった。
とまあ、その辺りの攻防は、啓太には内緒であるが。
西園寺が帰ってくるまでに、夕食の準備をしなければならない。
この家を提供してくれる西園寺のために、少しでも役に立ちたいのだが、
昼食には西園寺はいないし、朝食ではあんまり早く起きられないので大した物が作れない。
材料は定期的に通う七条がそろえておいてくれるので、
それによって、何か作ることは出来る。
数年来の一人暮らしの成果である。
「野菜食べたいなぁ」
西園寺さんもサラダ好きだし。
そう思いながら、レタスでも切ろうかと野菜箱を開ける。
レタスを取ったその下に、白いものが何かコロンと転がってきた。
「ん?」
啓太がそれを手に取る。
ふいに、ぷんと強い香りが啓太の鼻をくすぐった。
基本的に、西園寺が社長を勤める会社は帰宅が早い。
無駄な仕事はないし、西園寺の元にいる社員は七条を筆頭に仕事能率が良い者ばかりだ。
朝から仕事を続けていれば、夕刻には大抵の仕事が終る。
今までそれをどうにも思っていなかったが、啓太が自宅で待っていると思えばそうでもない。
七条のからかいを適当に交わしながら、会社を出て、
数十分かけて自宅の扉を開ける。
「今帰っ・・・」
「さーっいおんじさんっ」
ドアの音が聞こえたからだろう。
啓太がパタパタと走り出てくる。
ぼすっと西園寺の腕の中に来るから、あまり力のない西園寺だ。
啓太と共に後ろに倒れそうになるのを堪える。
「・・・啓太」
諌めようとするが、啓太は西園寺にじゃれついてくる。
いつもならこんな迎え方は(当たり前だが)しないはずである。
何がなんなんだと思いつつ、啓太を無理矢理引きずって家の中へ入る。
「へへへー。西園寺さんっ、お帰りなさいっ」
「・・・ワインでも飲んだか?」
とりあえず、キッチンへ行って食卓へ行って見回してみるが、ワインの瓶はない。
シンクにもコップを洗った気配はないし、啓太からワインの匂いもしない。
だけどこれは明らかに以上である。
どうなってんだ、と思いつつ、啓太を片手であしらいながら窮屈なネクタイを外す。
白いものが、目についた。
「・・・ニンニクか?」
「?」
「啓太。お前、あれをどうした?」
「んー?」
けたけた笑う啓太の視線を、床で転がってるものに向ける。
「えーと、れーぞーこに入ってたんです」
「・・・・そうか」
ワインを飲んでようと飲んでまいと、これでは酔っ払いと変わらない。
はぁとため息を一つついて、床に落ちていたニンニクを拾って野菜室に返してやる。
ついでに、転がっていたレタスも。
「・・・マタタビのような効果でもあるのか?」
後ろで床にころころと転がっている啓太を見ながら、ふと思った。
あながち、間違いでもないかもしれない。
とりあえず七条が居なくて良かったと思いながら、紅茶を飲むために湯を沸かした。
「じゃれるな、啓太。くすぐったい」
ソファに座って英字新聞を読んでいれば、啓太が隣に座ってもたれてくる。
果たして別の生き物ではなかろうかと思ってしまうほどの変わりっぷりであるが、
どっちにしても可愛いものは可愛い。
肩の位置をずらして、頭を膝に乗せて片手で髪をすく。
もう片方の手で新聞を持ち、英字を追った。
右手で髪をいじくっていると、最初はもぞもぞしていたが暫くして動かなくなる。
足の重さは、痺れたのかだんだん感じなくなってきた。
髪ばかり触っているのに少々飽きて、首やら耳の後ろやらをいじくる。
「ふふふふ」
「どうした」
「くすぐったいです、さいおんじさん。んやですっ」
身をよじって、笑うから。
猫のようだと思う。
しばらく堪能してから、また髪を撫で付けた。
ふと、一呼吸つく空間が生まれる。
「・・・えーと、さいおんじさん」
「何だ」
「さいおんじさんは、俺のことこわいですか?」
「・・・・・・・怖い?」
眉を寄せて啓太を見る。
とろん、とした目の啓太と目が合う。
「西園寺さんが優しくしてくれると、俺、困っちゃいます」
「・・」
言っている意味がわからない、とばかりに軽く頭を振れば、
柔らかな髪がパタパタと微かな音を立てる。
「優しく、という啓太の中での基準がわからないから私にはどう言うことも出来ないが、
気に入った人間には私は相応の対応を取る。
啓太が困る必要はない」
クルクルと啓太の好き勝手に跳ねる髪を指で弄りながら、新聞を机の上に置いた。
「でも、俺はあんまり慣れてないから」
「・・・」
「どんどん、西園寺さんが好きになってちゃって、困ってるんです」
僅かに、西園寺の頬が赤くなった。
だが、啓太はそれに気づくことがない。
「さいおんじさんが、すきだけど、七条さんもすきで、困ってるんです」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
そこまで聞いて、西園寺は呆れたように顔を覆った。
七条と同レベルだというのに、何を自分は喜んでいたのだろうか。
己をここまで馬鹿だと思ったことはそうそうないんじゃなかろうか。
啓太の発言に喜んだ自分を呪い、啓太の肩に手をかけ力をこめる。
「啓太。一度顔を洗って来い。それから水を飲め」
「ふぁい・・」
「全く・・・。猫にマタタビの方がまだ安全だ。
水を飲んだらすぐに寝ていろ。私もすぐに行く」
「はーい」
軽い夕食代わりのサラダの空皿を食器洗い機の中に入れる。
それにしても、と、自嘲気味な笑みが漏れた。
自分は啓太に何を期待したのだろう。
七条と同レベルだからといって、悲しむことはない。
七条は自分の片腕として十分過ぎるほどやってくれている。
彼が望むのならば、肩を並べて歩いても構わないほどの、信頼と腕を持っている。
それなのに、七条と並ぶのがほんの少し嫌だった。
胸を襲う奇妙な感覚は、不快なのだけれども嫌ではない、不思議な感覚だったが、
それを押し殺すようにして台所の電気を消した。
その数十秒後。
洗面所で寝ている啓太を見つけて、先程とは別の意味で深いため息をつくことになる。
○Next○
●あとがき●
もう何がなんだか・・・・。
吸血鬼なんてどうせ妄想の産物(笑)
七条編よりも、大人しいかな。
いや、大人しいからといって啓太が悩まないかといえばそういうわけではないけれど(苦笑)
啓太を苛めるのが最近楽しくて仕方ないです。
嫌な人だなぁ・・・・。
でも相手が啓太ならそれも致し方ないかと思われます。ふふふふ。
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