[Sleeping Beauty.]






「と、まぁここまでが、姫に呪いがかけられるまでの経緯」



猫のような瞳をにこにこと細めながら、

手に金貨の入った袋を持った少年が大道芸をしているように話していた。

銀色の髪を持つ男が、そっと眉を潜める。



「結局啓太っちゅー姫やら王子やらは、

15の誕生日ん時、魔法使いに魔法をかけられ、ずっと眠り続けとるらしい」

「呪い、関連なら面白そうだと思ったから足を運んだんですが・・。

・・単なる毒なんですか?」

「さぁ。俺ん家に伝わる昔話やから、真意の程はどうだかわからん。

なんせ、100年も前の出来事やからなぁ。

ただ、毒っちゅーのはホンマやで?

魔法使いの魔法がかかっとるかもしれへんけど」



ふぅ、と男はため息をつき、茨に囲まれている城を見上げる。



「それで。どこから君の作り話に入っていったんですか?」

「・・・失礼なやっちゃな。

ぜーんぶホンマもんやって。この滝俊介様、商売に嘘は入れませんって」

「嘘ではなく、尾鰭がついてしまうことは良くあることですよ、滝君」

「んでも、それはぜーんぶホントのことみたいだよ、七条」



己の名前を呼ばれたからか、男が後ろを振り向いた。

金色の髪を後ろで結んだ男が、『や』と親しげに笑っている。



「ん、何や由紀彦。知り合いか?」

「ま、ね。僕の国とは反対の国の王子サマ。

たまーに偉い席とかで会うから、ある程度は知ってるってところかな。

年も近いしね」

「そうですね。僕達は同じ年ですから。

ところで、成瀬君。全部本当、とは?」

「僕も色んなところで噂を集めてたけど、

どうやら呪いとか関係なしに、ドジな魔法使いの作った毒がメインらしいよ。

まぁ、お姫様が王子様だったっていう話は、俊介の話がはじめてだけどね」

「せやから、ホンマやって!

うちの先祖はなぁ、代々この城に使えとって、

将来お姫さん生き返らすために語り部になり言われとってん」

「それでお金を取る君の根性は素晴らしいですね、滝君」

「・・・うれしないで、七条」

「おや。そうですか?」



ざわざわとざわめく街中で、この城一帯だけは、ひっそりとしている。

近づくのは、塔に眠り続けるというお姫様に一目会おうとする冒険家だけ。

彼等の入っていくのを見たものは居ても、出てくる者を見た者はいないという。



「七条はどうしてこんなところに?」

「僕の国にはあまりこの城の噂は入ってきませんでしたからね。

呪いがかかっていると聞いていたので、ちょっと興味を持っていたのですが・・・。

・・・ただの毒なら、仕方ありませんね」

「ん、七条は姫に会わないのかい?」

「成瀬君は行かれるんですか?」

「うん。可愛い子だったら僕のお嫁さんに迎えようと思って」



成瀬が笑い、七条がそんな成瀬に苦笑する。



「せやけど、七条ー!不思議やない?100年も続く呪いやなんて」

「滝君。どんな魂胆ですか?」

「魂胆なんてとんでもない!!

100年も続く魔法、それでも姫は老いることなく昏々と眠り続けるらしい。

極めつけは目覚める方法は王子のキスだけ!!

こらー覗いてくるしかあらんやろ!!」

「・・・それで。魂胆は?」

「・・」



はは、と滝が乾いた声を出すが、七条はただゆっくり微笑むだけ。



「・・・町のはずれに、絵描きがおるんや」

「絵描きさん、ですか?」

「姫さんの絵ぇを一枚描きたいらしいんやけど、

な、七条、このとーり!!護衛としてついてやってくれへんか?」

「それで、滝君への報酬はどれほどなんですか?」

「その絵描きの世話係に篠宮ってお人がおるんやけど、

その人が俺の商売の邪魔するんやー。

俺の話が眉唾もんや言ってー・・・。

絵描きに恩売っとけば、そうそう邪魔も出来へんやろ」



なんというか。

にかっと笑う滝に、七条はため息をつくのみ。



「滝君。それでは、僕が行っても利益がないじゃないですか」

「そんなことはあらへんって!!

岩井卓人って名前聞いたことあらへん?

結構有名な画家なんやけど、抽象画専門で肖像画を描くことはめったにあらへんのや。

せやから、そいつが描く肖像画にはありえない値がつくらしいんや。

隣国の王様なら、肖像画の一枚二枚描いてもらわんと。

ここで恩売っといたら、描いてもらえるかもしれへんやろ?」

「僕は結構ですよ。そんなものを残す気はありませんし。

成瀬君に頼んだらどうですか?」

「由紀彦より七条の方が確実やん!!」

「やっぱり、岩井さんからも報酬を頂いてるんですね」



商魂魂たくましいお人だと、 七条はただ苦笑い。



「先の滝君の昔話に出てきた、『魔法使い』さんは?」

「何でも、その姫さんの運命のお人やなかったみたいで、

城の中で姫さん守り続け取るっちゅー話や。

もー、頼むわ七条、この通り!!

七条にとっても悪い話やないんや。

確かに絵描きの護衛は面倒やろうけど、

そんかしな、篠宮はんが護衛についてくれるはずなんや」

「それなら、護衛はもう一人いるのですから、その方といかれては?」

「話をよう聞き!!篠宮はんの得意なんは弓なんや。

つまり遠距離用。七条は剣やから短距離やろ?

二人居ればもう怖いもんなしっちゅーか・・・頼むわぁほんま!!」



ぱん、と両手を叩かれて、しまえば。



「・・・僕も、本当にお人よしですね」



小さくため息をつきながら、自分に絡もうとするツタを切り取り、

岩井に近づこうとしていたツタもついでに切る。

ひゅん、と近くの空気が震え、遠くから『ギャぁッ』という不気味な声が聞こえた。



「すまないな、七条。卓人の我侭のせいで」

「良いんですよ。滝君から売り上げ全部巻き上げてきましたから」

「・・・売り上げ?」

「僕の国も、経済状況がそんなに良いわけではないんですよ。

・・・特に彼は金遣いが荒いですし」



その言葉を吐いて笑んだ七条の笑顔に、一行がびくりとなる。



「きっと今頃俊介君も驚いていますよ。

腰に下げていたお財布がなくなっているんですから」

「・・・七条。あんまり俊介をいじめるなよ」

「苛める、なんてとんでもない。

心ばかりのお礼をしてあげただけですよ」



いつの間にか一緒に入ることになった成瀬の言葉に心外と言わんばかりの声を出し、

それにしても、と、七条は後ろを向いた。



「どうして岩井さんはわざわざ姫の絵など描こうと思ったんですか?」

「それは・・・」



岩井が下を向き、照れたようにふわりと笑った。



「・・・美人だと噂があるから?」

「あ・・・そうじゃないんだ。

ただ、俺の絵を始めて褒めてくれた人だから」

「・・・・は?」



しゅん、と空気が震え、ギャぁと不気味な声が以下略。

成瀬が剣で応酬している間、呑気なのは後衛二人。

七条が適当に剣を振るうたびにぼとりと不気味なツタが落ちる。



「・・・えーと・・・岩井さん、今おいくつですか?」

「・・・そう・・だな。年は数えていない」

「ここのお姫様と会ったことがあるんですか?」

「誕生日パーティーの時と・・・そうだな、後は数回。

西園寺に何回か呼ばれたから」

「魔法使いなんですか?」

「たいした魔法は使えないが・・」



のんびりと会話を続ける二人に、成瀬が呆れたように声をかける。



「岩井さん・・・七条も、もうちょっと緊張しようよ」

「そうだぞ、卓人。あんまり気を緩めている場合ではない」

「あ・・すまない」

「ふふ。でも、何だか退屈なところですねぇ」



がちがちと並んだ歯をかみ合わせる植物やら勝手に動くツタやらが、

城中にうごめいている。

下手なお化け屋敷よりは余程雰囲気がある。

が、所詮相手は植物。

七条を怖がらせるには、少々迫力が足りないらしい。



「・・・そういえば岩井さん」



ぷし、と変な音を立ててまたツタを切り取った。



「何だ?」

「お姫様を見たといっていましたが・・・」

「啓太か?」

「女性なんですか?」

「・・いや・・・。俺が見たときは男だったような気がするが・・・。

確か、途中から姫として育て始めたと・・・」

「やっぱり俊介の話は本当みたいだね」

「ですね」



王子じゃ何も出来ないなぁと首をすくめた成瀬と七条。



「まぁ、ここまで来ちゃったからね」

「今から戻っても仕方ないですし・・。どうせだから顔を拝見していきましょうか」

「・・・すまない、二人とも」

「良いんですよ。好奇心もありましたから」

「本当に・・・卓人の我侭に付き合ってくれて感謝している」

「後ほど、岩井さんの絵を見せてくださいね」

「それにしても、岩井さんがそこまで傾倒してる王子サマっていうのは、

やっぱりちょっと見てみたいよね」

「そうですか?」

「きっと可愛いんだろうなぁ。お姫様じゃなくても、僕のハニーにしちゃうかも」

「そうですねぇ。・・・でも、100年間誰もなしえなかったことをすれば、

ちょっとは有名になるかもしれませんね。

少なくとも、彼よりは実績を上げたことになるんじゃないかと」

「・・七条。もうちょっと仲良くすれば良いじゃないか。折角兄弟なのに」

「冗談じゃありません。

それに、僕が折角近寄っても、あの人はきっと拒否するでしょうからね」



そっと七条が微笑した瞬間、背中に寒気が生じた。



「まぁ、良いけど・・・」

「お姫様はどこにいらっしゃるんですか?」

「確か、塔の最上階だと聞いたことがある」

「篠宮さんの言葉を信じましょうか」



そういって、城に続く扉を開けると、

流石に100年の年月がたっていたからかギギィ・・・と嫌な音が立つ。



「これは・・・」

「・・・酷いな・・・」



鶏を今からさばこうとしている女中。

犬と追いかけっこをしている子供。

水を運んでいる途中の男や、談笑中の女中達。

生活の一部分がそのまま切り取られたようなそこは、

きっかりと時間を止めていた。

動くのは七条たち4人だけ。

呼吸の音もしない、心臓の拍動すらも止めている彼等は、

それでも、楽しそうな笑みのままとまっていた。

それが余計不気味に見える。



「まぁ、とりあえず最上階に行ってみよう・・・」



篠宮の言葉に頷くように、階段を探し上る。

石段のそこかしこにホコリが溜まっており、

壁には丁度巣を作りかけていたのだろうクモがぶら下がっていた。



「まぁだ続くのかい?」

「ふふ。成瀬君、もうちょっとですから」

「そうは言われてもね」



延々と上り続けていればね、と、成瀬が肩をすくめた。

七条や篠宮がなだめる間に、岩井は一人黙々と歩を進めていて。



不意に、目の前に茨が現れる。



「・・な・・・」

「・・・茨・・・ですか」



棘のついている太い茎は、全ての侵入者を拒んでいるように思え。

成瀬が自らの剣を振り上げてみるが、茨は傷つくことはない。



「つまり、お姫様が眠る部屋ってことだよね」

「これだけ厳重なのだから、そうだろうな・・。

どうでも良い部屋に警戒はしまい」



どうしようかと思案する篠宮たちは放り、

岩井は七条に近づいていき、そっと声を落とした。



「七条」

「はい?」

「ちょっと、茨に触ってみてくれないか」

「・・・茨に?」



はっきり言って、痛いものは嫌いだ。

眉をひそめる七条に、だけれども岩井はそれしか方法はないとばかりに言い募る。



「怪我は、しないから」

「・・・・仕方ないですね・・・」



何を言っても無駄だと悟ったのだろう、

七条が一番近くにある茨に手を伸ばした。



「・・・おや」



七条が手をかざしたその瞬間、茨たちは人一人が入れるような隙間を作り上げた。

後ろを見ても、成瀬と篠宮はまだ話し合っていて。



「そのまま、上に上がってくれ。

啓太が居るはずだから」

「・・・・わかりましたよ」



敵わないと七条が笑い、先へ進み始めた。



「って!何してんですか岩井さん!!」

「遠藤か・・・」

「啓太を!!啓太をどこの馬の骨ともわからないような奴に渡して良いんですかっ!?」

「・・・でも、啓太はもう100年も眠っているし・・。

七条も啓太が望んでいる相手のはずだ」

「貴方の占いは信じますけど、それでも啓太に関してはもっと慎重にしてくれないと!!」

「遠藤は、過保護すぎる。

このままだと啓太はいつになっても目覚めないだろう・・?」

「でも!!」



ああ五月蝿いと、岩井がどこかからか現れた遠藤の説教を聞き流す。

遠藤の大声に気づいたのだろう、篠宮たちがやっとこちらに気がついた。



「卓人・・・そいつは?」

「・・・」



岩井は、少し考えた。

それから。



「・・・啓太に呪いをかけた魔法使いだ。

俺の用は済んだから、帰ろう、篠宮」

「・・あ・・・ああ・・・もう良いのか?卓人」

「って!さりげなく俺を悪の魔法使いにしないでくださいよ!!

毒を飲ませたのは海野さんで、俺は啓太を守っただけじゃないですかっ!!」

「七条は?」

「七条は・・・・啓太に呼ばれて中に入っていった」

「違っ!!岩井さん、それ違う!誤解を招くだけじゃないですかっ!」

「はぁっ!?じゃぁ僕、ハニーの顔見れないの?」

「そういうこと、になるな・・・。すまない・・・」

「卓人が謝ることじゃない。選んだのは卓人じゃないんだから」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!!

啓太が選んだんじゃなくて・・・岩井さん!省略しすぎじゃないですかっ」

「・・・そうか?」



経緯を綺麗にはしょった説明に、篠宮と成瀬は納得したようだ。

後ろでわめく遠藤を無視して、それぞれ愚痴や感想を言いながら階段を後にした。





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