[Sleeping Beauty.]






ある、遠い昔のお話。



昔々、あるところに。

とっても仲の良い、王様と女王様が国を治めている国がありました。

王様の人気も女王様の人気も上々。

女王様は王様を毛嫌いしていますが、まぁそんなこと今更気にしている場合ではありません、と、

ある日、国民にとっても二人にとっても待望の、赤ん坊が生まれました。



「啓太!」



女王様の凛々しい声が城の長い廊下に響きます。

ひょこり、と、カーテンの陰から一人の子供が出てきました。



「よし、啓太。来い」

「はーい!」



にっこりと笑いながら、啓太と呼ばれた子供は女王様のところに走りよります。



「ふふ。お前はいい子だ」

「う?」

「いいか?あんなバカには決して似るなよ」



ことり、と啓太は首をかしげますが、女王様はお気になさらない様子。

啓太の小さな手を掴み、すたすたと歩いていきます。

真っ白なお洋服の似合う、この綺麗なお母さんが、啓太にはちょっと自慢だったりして。



「これから、お前の5歳の誕生日パーティーを開くらしい」

「誕生日・・・ぱーてぃー?おれのですか?」

「これもあれもどれもそれも全部丹羽のバカが勝手に決めたことだが、

まぁ確かにお前がここまで成長したのはめでたい出来事だからな」



啓太の部屋まで女王様は啓太を連れて行くと、

額にそっとキスを落としました。

予想以上に近くにある緑の目を、啓太がじぃっと見つめます。



「さぁ、啓太。着替え――」

「かっおーるちゃんっ!啓太!!」



急に聞こえた声に、女王様の眉がひそまり、啓太の顔がぱぁっと明るくなります。



「おーさまっ!!」

「よーっす啓太!何だ、まだ着替えてないのか」

「これから着替えるところだ。さっさと出て行け」

「・・・ひでー、郁ちゃん」

「ちゃん、はつけるなと言った筈だが?」



思い切り王様に懐いて抱き上げられている啓太に、

女王様は相変わらず眉を潜めたまま。



「王様。おれ、今日で5歳になるんですっ」

「おー、そうだな。だから、今日はお前のために色んなの用意したぞ。

だから、早く着替えて下に降りて来いよ」

「はい!」



ぴょんと王様の腕の中から飛び降りた啓太は、やっぱり笑顔で。



「・・・やっぱ可愛いよなぁ・・・啓太は」

「当たり前だろう。お前に似てないんだから」

「・・・」



ふんと鼻を鳴らした女王様に、王様がちょっと情けない顔をします。



「・・郁ちゃん・・・。さっきから酷くねぇ?」

「何がだ?」

「俺達夫婦なんだぜ?それが・・・」

「言っておくが」



王様の言葉を遮り、女王様の緑の瞳が王様の目を射抜きます。



「私は貴様なんかと婚約した覚えは一切ない。

・・・そうだな。啓太が大人になったら、私の相手になるに十分だろうが、

お前ではな・・・」

「・・・って・・郁ちゃぁん・・・」

「情けない声を出すな」



自分の後ろで起こる仲の良い二人の会話に、

啓太はにこにこと笑いながら着替えを済ませました。



「そうだな。啓太。大きくなったら私と式を挙げるか?」

「しき・・・?」

「私を嫁に迎えるか?啓太」

「西園寺さんを、お嫁さんにですか?

えーと・・」

「っておい!!啓太!郁ちゃんは俺のだっつーの!!」

「ふふ。将来、お前が大きくなったらな」



王様の言葉もなんのその。

女王様に手をつながれた啓太は、女王様の冗談に首をかしげながら、下へ降りていきました。




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色とりどりの子供用の装飾に、啓太は喜びながら、

その国の魔法使い達の祝福を受けていました。



「最大級の幸せが君に降りかかるよう」

「誰よりも綺麗になりますよう」



一人一人、啓太の頭の上で杖をふるっています。

そのたびに舞うキラキラとした光がお気に入りのようで、啓太は随分楽しそうです。



「あ、じゃぁ次僕ね!」



次に名乗り出たのは、随分幼い感じのする魔法使い。

肩には飼い猫のトノサマを乗せています。



「えーと、それじゃぁね。誰よりも幸運に恵まれますように!!ね、トノサマ」

「ぶにゃ」



しゃりと杖を小さく振り回すと、猫がにんまりと笑いました。

これでその魔法使いの出番は終わりなので、啓太から離れようとして。

どべし。パリン。

マントを踏んで、転んでしまいました。



「あ・・あはは・・ごめんねぇ、啓太君。僕、正装ってあんまり着慣れなくて・・・」

「だーもう、海野ちゃん、いいから早く立たねーと、啓太が下敷きになってんじゃねーか」

「ええっ!?あ、ごめんねーっ」



わたわたと魔法使いが立ち上がると、啓太の頭が何だか濡れています。



「・・・ん?」

「ん?どうした、郁ちゃん?」

「・・・いや。何か零したのか?啓太、来い」



女王様がどこかからか取り出したハンカチで、啓太が顔を拭かれ、

次の魔法使いが啓太の前に現れました。



「これで最後か?」

「ああ」

「遠藤か・・一番の古株だという話だが、真相はどうなんだろうな」

「さぁ、な。何でも不老長寿らしいが、まぁあいつならありえるかもしれないな」



王様と女王様がこそりと内緒話をしている間、 最後の魔法使いはといえば。



「啓太・・・。会いたかったよ」

「・・へ?」



俺が倒れているところを助けてくれたのは啓太が3歳の時だったっけ云々なんて、

勝手に回想に入ってくれますが、

とりあえずこの際大事なのは、この魔法使いさんが啓太君の知り合いだったということと、

啓太君をすごくすごくすごーく大事にしているという点だけ。



「・・えーと・・・」

「5歳になったんだよな・・。啓太、何が欲しい?」

「うーん・・・?」

「何でもあげる。城でも国でも星でも年でも不老不死でも。

啓太、何を・・・」

「あああああああああっ!!!?」



魔法使いさんの言葉を、先ほどの魔法使いが遮りました。



「け・・啓太君!!」

「わ、ちょ、海野さん!今は俺の時間――・・・」

「まさかこれ、飲んじゃってないよねっ!?」



大きな丸いメガネをかけた大きな目に涙をためながら、

魔法使いさんは割れた小瓶を差し出しました。



「さっき、割れちゃったみたいなんだけど、まさか・・・」

「・・・まさか、啓太の顔が濡れていたのは・・・」



女王様が席を立ちました。

わかっていないのは、どうやら啓太と王様だけのよう。



「う・・・みの・・・さん。・・・その薬・・・無毒の可能性は・・・」

「・・・どーーーーしよう、遠藤君!!

これ、庭の害虫駆除用だから、毒どころか猛毒だよー・・・」

「はぁっ!?」



魔法使い達が騒ぎ始めます。勿論、その中には流石に王様も女王様も混じっていて。

わかっていないのは、どうやら啓太君だけのよう。



「即効性は!?」

「えっとね、10年ちょっと・・かな。だから、啓太君が15歳になったらだね」

「そんな死刑宣告いらんわぁぁぁっ!!おい遠藤、何とかならねぇのかよ!」

「んなこと言ったって、普通の毒ならまだしも海野さんの作った毒調和できるわけないでしょうが!

海野さんの薬は俺達の中でも一番効くんですから」

「海野先生、解毒剤は?」

「害虫駆除剤に解毒剤なんて作らないよぉ」

「んでそんなもん持ち歩いてんですか!!」

「だってぇー・・・」



泣きそうになりながらも、海野さんはどうしようと考えています。



「おい、遠藤!」

「ここにいる魔法使い全員を使ったら何とかなるかもしれないけど、

もう全員啓太への祝福の魔法は終わっちゃって、残りは俺だけなんです!!

俺一人で海野さんの魔法を中和させるのは、流石に無理だ!!」

「何とか他に方法はないのか?それこそ、啓太を不老不死にするでも何でも良い」

「俺が出来るのは自然の定めた寿命を延ばすことで、

そんなん、毒飲んだら自分で寿命棄てたわけですから延ばせませんよ」

「だーもう、なんでもいい!何でも良いから何とかしろっ!!」

「わ、ちょ、王様、掴まないでください!!

あ・・そうだ。効果を遅らせる方法はあります」



魔法使いの言葉に、女王様は眉を潜めました。



「・・・効果を遅らせる?それならば、結局啓太は死んでしまうじゃないか」

「それは、啓太の運しだいですよ。

15歳の誕生日のとき、俺はこの城一帯の時間を全て止めます」



よいしょ、と、魔法使いさんが杖を構えました。



「それで・・・啓太を心の底から愛してくれる人が現れたら、啓太の呪いが解けるようにします」

「僕の薬呪い呼ばわりしないでよーっ」

「・・・啓太を心から愛する人、か」

「啓太を心から愛する男が現れて、啓太にキスをしたら、

その瞬間、毒はなくなり、啓太の周りの時は動き始め、鼓動も正常に動くでしょう」

「啓太を心から愛する男・・・・っておい、ちょっと待て?」

「啓太・・・ごめんな、ちゃんと守ってやれなくて。

だけど大丈夫。俺以外の奴が入ってこれないように罠だけは十二分に張り巡らせるから」

「ちょっと待て遠藤!!俺の啓太に何手ぇだしてんだ!!」

「何がお前のだ!啓太は私のものだ」

「つーか、啓太には立派な女王迎えるんじゃないのか?

遠藤今男限定だったろ」



しゃり、と魔法使いの持つ杖が振られ、

光が舞いました。



「・・・なぁ・・・郁ちゃん。

男って普通・・姫がいねぇと来ねぇよな・・・?」

「・・・・っのバカ!!!啓太が生きる確立減らしてどうする!!」

「大丈夫ですよ。俺がちゃんと迎えに行きますから。な、啓太」



魔法使いに笑いかけられた啓太は、わけがわからないながらも微笑みました。

その微笑に、その場にいる全員の心が和みます。



「だーもう、しかたねぇ。

いいか、啓太は姫だ」

「・・・何を言い出すんだ、貴様」

「いーじゃねーか、別に。

今から15の時まで、啓太を女として育てる。よし、決まり!!」

「・・・まぁ、啓太を姫ということにしておけば、

眠った後は王子が勝手に来るか・・・」

「なぁに、啓太が目ぇ覚ませばこっちのもんだ。

相手が男じゃねぇかって文句言ったら啓太を返してもらえばいい」

「・・・それしか、方法はないようだな」

「だから、俺が助けに来ますって!!」

「誰がお前みたいな胡散臭い魔法使いを信じるんだっつーの。

ったく・・・」



ぽり、と王様が頭をかいて困ります。



そうして、啓太の5歳のお誕生日パーティーは、

何だか騒がしいままに終わっていったのでした。




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