[例えばケーキのように甘い恋を] ぶる、と、七条の携帯が震えた。 久々の二人きりで出かけるということもありなんとなく上機嫌だった七条は、 電話の主を見て少し眉をしかめた。 啓太から電話ということは・・・何かあったのだろうか。 「もしもし?」 『あ、し・・・七条さん!』 「伊藤君?どうなさったんですか?」 切羽詰っているような啓太の声に、 自然七条の声も固くなる。 ふえーん、と泣きたそうな声。 『七条さん、あの、先に行っててもらえませんか?』 「・・・・はい?」 『あ、あの、お出かけには行きます!絶対!! だ・・だけど、学園からは一緒に行けないっていうかなんていうか・・・』 自分の説明が上手く言っていないことを啓太自体わかっている。 だけど!! だけどまさか大好きな七条さんに『女装してます』なんて言えるわけがない! 外で待ち合わせたら、嫌でもちょっとくらいなら付き合ってくれるかもしれない・・・。 そんな考えが啓太にはあった。 ・・・案の定話を聞いてくれず、 朝っぱらから啓太を拉致った和希にメイクを施されている啓太の、 最後の足掻きである。 誰だって、自分の恋人に女装癖があったら嫌だと思う。 癖じゃないけど、でも恋人が女装してたらどうだろうって思うと思う。 だけど、折角のお休みに、七条と歩きたいのだ。 そりゃ恥ずかしいけど、でもでも一緒に歩きたかったのだ。 『駅!駅で待ち合わせじゃ・・ダメですか?』 啓太の意図がわからないながら、 ここで拒否をして「なら行けない」なんていわれると切ない。 「・・・・わかりました」 何かが起こっているだろうと予想はするだろうが、危険があるわけではないだろう。 ・・時折聞こえるのは・・衣擦れの音だろうか。 だが七条に助けを求めてこないのならばそうではない・・・・・・・と思いたい。 「でしたら、時間はどうしますか?」 『え!?あ、時間!えーと・・・ね、後どれくらい? ・・・・一時間だぁ!?ふざけんな!!あ、七条さん?後30分で駅に行きますから!』 「・・・はい」 誰かがそこに居る。 それが妙に七条の胸をかきたてるが、今は何も言うまい。 問い詰めるのは、啓太とのデートが終った時でも良いだろう。 折角のデート。楽しみたい。 +++++++++++++++++ 30分。 啓太はそういったが結局待ちきれず、電話を切ってからすぐに出てきてしまう。 バスを待ち、駅へ向かった。 ・・・時刻表を確認したところ、30分前後で駅につくような時間にバスは出ていない。 果たしてどうやってくる気なのだろう・・・。 気になるが、啓太は嘘をつくような子ではない。 ・・・・・バスの時刻表をつい忘れてしまうようなうっかりさんではあるが。 「・・・」 当然、30分後という啓太の約束の時刻から随分早い時刻に駅についてしまう。 ・・・苛々する。 待たされるのが苦痛なのは始めてだ。 しかも、自分が勝手に早く着ておいて。無茶苦茶な理屈だと思う。 ・・・早く来ないか。 まだこないか。 時計を見れば一秒一秒が長くって。 休日にも関わらず・・・・それとも休日だからか、 とにかく駅構内に人は多い。 ごったがえす、というほどでもないが、この中から啓太を見つけるのは困難かもしれない。 ・・・いや、大丈夫。きっと見つかる。 元々目のつく容姿だ。 ハーフならではの手足の長さに小顔さ。 太陽の日に光る銀色の髪も、紫色の瞳も、瞳の下についている泣きボクロも、 七条を目立たせるオプションだ。 学園内では西園寺が常に隣に居て注目されないが、 七条ははっきり言って美人に分類される。 周りの人からあるいは好奇の目で、あるいはあわよくば、な目で七条を見るが、 話しかけることはしない。 ・・・そんな雰囲気では、決してない。 人間、元々生きたいという本能は持っているものである。 25分を過ぎたところだろうか。 駅の付近に、車が止まった。 小さな車はどこにでもありそうだが、新品のように美しい。 中から出てきたのは、白いワンピースに身を包んでいる女性だった。 同じく白い帽子を目深に被り、控えめながらも誰かを探している。 探すたびに首を左右に振ると、帽子から赤味がかった茶色の髪が見えて。 心配そうに潤むその目は・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・空の青。 ・・・・まさか。 とは思うが、そういえば女性にしてみれば腰の位置が違う・・・。 ショールをかけて誤魔化しているのだろうが、肩幅も少々広い。 ああ、まさかまさか。 彼女に目が止まったということは・・・・そういうことなのかもしれない。 疑問を確信にすべく、七条が歩き出した。 少女はこちらに気づき、顔をあげ。 少女を乗せていた車のが発車すれば、中に見知った人物を見つける。 ・・・・・・・理事長。 とすれば、やはり。 「七条さんっ!!」 女にすると少々低めの声が、自分の名前を呼んだ。 ・・・・・・・・ああ。神様。 アリガトウ。 「七条さん、違うんです俺がこんな格好したいって言ったんじゃないんですわかってください」 青い瞳に今にも泣きそうに涙をため、七条にかけよってくる。 それはやっぱり、七条の見立てたとおり啓太で。 「和希がやったんです!」 「ああ、道理で」 どうりで・・・・・彼の趣味に溢れている。 まぁ啓太の必死の抵抗が伺えるが。 ワンピースもショールもシンプルなものだし、カツラをつけて髪を長くしているでもない。 帽子も啓太の抵抗の表れか、女々しいものではない。 遠目から見て・・・・・ちょっとボーイッシュな女の子といったところだろうか。 悪くはないと思う。 啓太が女子のような格好をすることに何か特別な思いいれがあるわけじゃない。 ・・・理事長じゃあるまいし。 いつもの啓太だろうが今の啓太だろうが、何が変わるわけでもないだろう。 だけど、これなら。 何をしても、許されますよね。 「あの、七条さん・・・軽蔑とか・・してません?」 「軽蔑?どうして」 「だ・・・だって俺、男なのにこんな格好・・・」 大声で言い募りそうになる啓太の唇に、そっと人差し指を差し出す。 女にしてみれば長身の啓太であるが、 男にしてみても長身の七条と並べば、あまり目立たない。 薄くおしろいか何か塗っているのかもしれない。 いつもよりも白い肌が、そっと朱に染まってきた。 「大丈夫。伊藤君はどんな格好をしていても伊藤君です」 「あ・・・」 ね。 そう言って手を出せば、啓太が戸惑うように手を見つめる。 「どうしましたか?」 「え?あ・・・えと・・・」 混乱したように目を回す啓太に、笑いかける。 「どうしましたか?」 「だ・・・」 「恥ずかしい?」 こくこくと必死に頷く啓太が可愛い。 「じゃぁ、どうして恥ずかしいか考えてみましょうか」 「え・・?」 「伊藤君は、男同士だから恥ずかしいって考えてるんですよね?」 なんかちょっと違う気がするんだけど・・・・。 だけど、啓太の気持を言葉にするのは難しい。 言葉を捜していれば。 「だったら、恥ずかしくないと思いませんか?」 「?」 「だって、今日は伊藤君はとっても可愛い女の子なんですから」 でしょう? 丸め込まれている気もするんだけれども、七条に言われると全てが正論な気がする。 まぁ・・・一種の人徳であろう。 首をかしげている間に、啓太の手は七条に包まれる。 「伊藤君が可愛い女の子になってしまったので、それなりのところに行きましょう」 「それなりのところ?」 「今まで僕が伊藤君と行きたいけど、 伊藤君が恥ずかしがりやさんなので我慢していたところです」 七条はそう言うと、パチリと妙に似合うウインクをした。 NEXT |