"Love Love Love" 「・・・ごめんなさい、西園寺さん、七条さん」 聞こえるわけもないのだが、 こっそりと、小さな声で呟いて。 そっと御簾をめくり、周りを見回す。 人気のないのをもう一度確認すると、 こっそりと、外へ、足を踏み出した。 ++++++ 衣装は、一人で着られるように男物の衣装である。 女の着物というものはややこしく出来ており、一人では着れない。 だが回りに人を侍らすわけにもいかないので、 男の、一人で着られるような簡素な着物を啓太は着用していた。 簡素な・・・そう、どう見ても、『あの』西園寺家の家の者が着用する服ではないような。 無論、素材は上等なのだが、普通の人が見たところでそんなことには気づくまい。 トン、と、足を地につける。 啓太の年の、好奇心の若い男が、 女のように御簾にこもりきりで、退屈しないと思っているのならば、 西園寺郁も、珍しく読みを間違えたと言わざるをえない。 退屈しない、わけがない。 きょろりと周りを見回す。 やっぱり居た、 いつもこの辺りに居る、男の子。 「和希!」 啓太が声を上げると、向こうもこちらを探していたのか、 手を振り、こちらへかけてくる。 「啓太!今日は来てたんだな」 「うん。今日は暇だったから。和希こそ」 「こっちの方に用事があったから。啓太に会えないかと思ったんだよ」 啓太の姓が、『西園寺』だと知らない和希は、 ぼろぼろという程でもないが、大した服を着ていない啓太に、とてもよくしてくれた。 「え・・・用事があったのか?じゃあ・・」 残念だが、仕方がない。 何せ、和希の服は自分よりも遥かに高級な服。 西園寺家に勝るとも劣らないそれは、和希の家柄が高貴なものだということを示している。 それくらいの年の男というものは、郁のように働かなくてはならないだろう。 自分のような、暇な奴の相手をしている場合ではない。 だが、啓太が残念そうな顔をすると、 違う違う、というように、和希が顔の前で手を振る。 「大丈夫だよ、もう用事は済んだから」 「え?もう良いの?」 「ああ。じゃなかったら啓太を探してこの辺りをうろついたりしないよ」 「へへ・・」 自分を探してくれた、というのが純粋に嬉しい。 何せ、西園寺家の者です、というわけにもいかない啓太だ。 当主が郁と決まった後、男は全て僧に出されてしまった。 それが西園寺家のしきたりらしい。 男が残っていないので、あの家に残っているのは郁と、絶世の美女と噂される女のみ。 その女が自分と言えるわけもなく、当然家も教えることが出来ない。 家もわからないのに、ここで待ってたら来るかもしれない、と。 唯一、友達といえる彼に言ってもらえて、嬉しくないわけがない。 照れたように笑う啓太を、和希が微笑ましげに見る。 「河原まで行ってみるか?」 「うん!」 だがまさか、そんなずっと見ているわけにもいかずに、 和希が提案を持ちかければ、啓太は素直に頷いた。 +++++++++ いつもの河原へ行き、 魚を眺め、遊ぶ。 常日頃やっていることではあるが、日の下に居るというのはそれだけで無条件に楽しい。 「・・・あれ?」 「どうした?」 はず、なの、だが。 今日やろうということを考えながら、河原へと足を運んでいた啓太が、 ふと、それを見つける。 一人の男が、ふらりふらりと、歩いている。 「あれ、誰だろう・・?」 「さあ。・・いくら俺でも、京の人全員の名前を把握してるわけじゃないしなぁ」 「もう、和希。からかわないでよ!」 「ごめんごめん」 「・・・でも・・あの人、大丈夫かな」 決して、生活が苦しいわけでもなさそうな服。 それなのに、どことなくふらふらしていて、 細い・・と一言では言い切れない気がする。 いつか、倒れてしまうのではないだろうかと、思った矢先。 倒れた。 「あああ!和希、大変!!」 「流石にヤバイな・・・。とにかく、休めるところまで運ぼう」 「う・・うん。でも、この辺って何かある・・?」 「確か近くに神社があるはずだから。神社なんだから人置いてくれるだろう」 「そっか」 男に近寄り、顔色を見る。 それは、炎天下の下に居たからの貧血、というよりもむしろ・・・ 「・・この人、衰弱しきってる。大丈夫なのか・?」 「え・・・?だ、ダメなの!?」 「いや、ダメじゃないダメじゃない。とにかく運ぼう。啓太、足の方持って」 「うん」 近くの神社。 近く、といっても距離はある。 腕力があるとはあまりいえない二人であるから、 運ぶのに、時間がかかると、思われたのだが。 「卓人!」 体力のありそうな男が、神社の中から、走って出て来る。 そして、男を抱えている二人を見て、深々と頭を下げた。 「有難う御座いました。すいません、こいつのせいで・・・」 驚くのは啓太である。 和希は人に頭を下げられるのに慣れているのだろうが、 啓太の中での『人間』というのは、郁を始めとした兄達に、 自分の付きの陰陽師を勤めてくれている七条臣。 それに和希。 頭を下げられる経験がとんとないもので、慌ててしまう。 「そんな!俺達、当然のことしただけですし・・」 「・・それより、その人衰弱しきってますけど・・大丈夫なんですか・・?」 「それは・・・」 説明しようと男が口を開いたが、 ふいに、男が思い出したように空を仰ぎ、啓太達を見る。 「外で話もあれですから、中へ入りませんか?神社ですから、大したものはありませんが」 「あ、いえ。そんな・・・」 (・・・お茶なんて飲んでたら、西園寺さん達、帰ってきちゃうもんな・・・) (ちょっとくらいなら・・・良いかな・・。この人のことも心配だし・・) |