"Love Love Love" 「もしかして、急ぎの用なのかな・・」 だったら、御簾でじっとしているわけにもいかないだろう。 でも別の人だったら・・・という不安も出てきたが、 離れに好き好んでくる人もいないだろうと思い直す。 不意に。 御簾が開かれた。 無論、啓太が開いたのではない。 目の前に立つ、男が開いたのだ。 「丹羽っっっ!!!」 珍しい、西園寺の怒鳴り声が聞こえる。 ヤベ、と目の前の男が叫んだようだから、『丹羽』というのはこの男の名か。 急に御簾を開かれたことに啓太が呆然として、そんなことしか考えられない。 すぐに、綺麗な顔を怒りに歪ませた西園寺が、珍しく走ってくる。 体力がないのに珍しいことだ。 「お前は何をやってるんだ!!」 「郁ちゃんの気に入りを見に来たっつったろ?」 「言ったろ、じゃない!」 語尾を荒げる西園寺にも驚き、もう啓太が何も考えられなくなっていると、 ひょいと丹羽と西園寺の脇を潜り抜け、七条が啓太の側に寄る。 「ああ、啓太君。大丈夫ですか?何もされてません?」 「え・・・えと・・・あ、はい・・・」 「大丈夫です。多分悪い人じゃありませんから。 彼は丹羽哲也。丹羽家というのは知っていますか?」 「えっと、あの、西園寺家と対立してる・・」 「対立しているわけでもないんですが、西園寺と同じ位の名のある名家です。 彼はその跡取りなんですが、何故だか郁を気に入ってしまいまして」 ・・・そりゃ、そうだろう。 七条が不思議そうに言うが、啓太は納得する。 何せ、西園寺郁はどこまでも母似だったのか、綺麗なのだ。全てが。 女らしいわけでもなく、中性的な彼は、 気に入られるのも、無理はない。 「郁は彼のことをあまり好いてはいないみたいですがね」 「・・・はあ・・・」 「それで、西園寺家で噂になっている美女を一目見たいと、 僕らの静止を振り切って、入って来ちゃったんです」 「だーって、郁ちゃんのお気に入りなんて、気になるじゃねーか」 「気になるだけで見に来るな!!」 西園寺が怒る気持ちもわかる。 「あ、えと、あの、七条・・・さん」 「どうしましたか?」 「お・・俺、どうしましょう!」 「・・・どうしましょう、とは?」 「だって、俺、美女じゃ・・・」 絶世の美女、と謳われる・・・ほど美人ではない、どころか女ですらない。 それが、丹羽家の跡継ぎに見られて良いはずがない。 が、バッと御簾を開かれてしったのだからどうしようもない。 何せ隠す間もなかったのだから。 だから啓太に非はないのだが、非がないからなんだというのか。 世間一般に隠し事をしている身なのであるから、ばれてはならないのに。 どうしようかと七条を困り顔で見れば、 大丈夫ですよ、と頭を撫でられる。 「彼はいい加減なときはとことんいい加減ですが、 礼儀は守る人間です。言ってはならない真実くらい、わかっているでしょう」 「ほう。随分と家の主人を買ってるんだな」 冷たい声が唐突に上から降ってきて、啓太が肩を震わせる。 「それが西園寺郁の気に入りか。・・・ふん」 顎を取られ、啓太の青い瞳が上を向かされる。 暫く、そのままの体制で、また困ったように眉根を寄せる前に七条が引き寄せる。 「啓太君、ダメですよ、彼と一緒に居たら。何か乗り移ったらたまりませんから」 「・・へ・・?」 「お前と居る方が何か憑くだろう。俺は中嶋。そこの、丹羽の家に居る陰陽師だ。 それに守られるより確実に守ってやるが、どうする?」 「え・・・、どうする・・って・・・」 「中嶋!人の弟をたぶらかすな!」 にやりとその、何か考えてるような微笑に、啓太が身を固くして七条に擦り寄る。 本能的な恐怖かもしれないが・・・。 「あの・・・」 「啓太、大人しくしていろ」 「はい」 西園寺には弱い啓太だ。 七条の着物の袖のところを少しだけ掴んでしまうのは、何の条件反射だろうか。 「へー。でもそれが郁ちゃんのお気に入りかー。可愛いな、確かに」 「丹羽!」 「いーじゃねーか。褒めてんだから。なぁ」 なぁ、と聞かれても啓太としては困るのだが、 頭を撫でられて悪い気はしない。 どうせ誰かに見せるものでもないし。 くしゃりとされるのは、何だか本当に男兄弟みたいで、むしろ嬉しかった。 「えと、丹羽・・・さん?」 「おう。何だ?」 いつの間にか、七条の膝の上に抱かれていて。 丹羽に頭を撫でられて。 ことり、と小首をかしげながら、名前を呼ぶ。 その状況がちょっと特殊なんだと、教えてくれる人物は居ない。 ++++++++++++++++ とりあえず、西園寺がよっく言い聞かせたおかげで、 丹羽は、啓太のことを絶対に口外しないと約束してくれた。 兄のような彼は、本当に良い人だ。 「・・・ふふ」 丹羽達が来る前に読んでいた本を見ながら、 だけれど、内容は頭に入ってこなかった。 つい、笑みが漏れる。 ++++++++++ 「丹羽さんって、良い人だなぁ」 「俺、西園寺さんのお気に入りだったんだ・・・」
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