"Love Love Love" 「もしかして、西園寺さん達じゃないのかな」 万が一、という可能性もありうる、と。 身を固くする。 大体、こんなに足音が荒いなど、西園寺や七条には有り得ないことだ。 困ったように眉を下げるが、助けてくれる人は現在公務中。 たすたすと、足音が近づいてきて。 ざわり、と、御簾に手が、かけられる瞬間。 「丹羽!」 聞きなれた、声が、響いてきて。 先程よりも幾分軽い足音が、走るように聞こえてくる。 御簾、というのはもどかしい。 外の世界を、垣間見ることさえ出来ないのだから。 だが、危機は脱したらしい。 聞きなれた、西園寺の声に安心しながら、 いつの間にか緊張していたのか、ふぅと力を抜く。 手に乗った本を側に置き、こそりと御簾から遠のく。 「離れには近寄るなといったはずだ」 「へいへい。わーってるよ」 「お前・・・」 「・・・中嶋の占いで、ちょっと気になる結果が出たんだよ。で、確かめたくてな」 「気になる結果?」 「絶世の美女って噂の、郁ちゃんの気に入り。・・ホントに美女か?」 「勝手にお前達が噂しているだけだろう。私が美女だと言った覚えはない」 「いやま、そーなんだけどな・・・。 そーだよな・・。御簾に入ってるくらいなんだから女か」 「どういう意味だ」 「中嶋が女じゃないんじゃないかって意味深なこと言ったから気になったんだよ」 「女じゃない?」 「ああ。この屋敷から女の気が感じられないとか何とか・・・」 「中嶋の気のせいだろう」 「そうだよな・・・。考えてみれば男を御簾に入れとく必要性がないしなぁ・・・」 「お前、御簾を上げようとしていたが、女だったらどうするつもりだ?」 「その時は責任もって嫁にでも取るか」 「ふざけるな!」 危機は、脱したらしい。 ばくばくと駆け足をする心臓を着物の上から押さえ、深呼吸。 ・・・焦った。 「・・・ナカジマ・・・って、占い師さん・・・かな・・。 占いって、そんなことまでわかるもん・・・?」 西園寺達が遠くへ行ったのを足音で確認し、小声で呟く。 占いでそんなことまでわかってしまったらたまったもんじゃない。 とすとすと、今度は落ち着いた足音。 「啓太君。大丈夫ですか?」 聞きなれた声に、また安心する。 「あ、はい。七条さんは、お勤め終ったんですか?」 「ええ、今日は。陰陽師の仕事と言っても、暦を作るくらいですからね」 「そうなんですか」 「ええ。本来の僕の基本の仕事は、啓太君を守ることですから」 「そんな・・」 「いえ。これは本当のことですよ。その為に西園寺の家に雇われているのですから」 「・・あ・・有難う御座います・・」 「いえいえ」 いつもなら御簾を上げるところではあるが、 先程のこともあり、簡単に上げない方が良いのかもしれない。 「・・・ところで、今日は大事なお話があるんですけれど、聞いて頂けますか?」 「・・・大事なお話・・・ですか?」 いつも柔らかな七条の声が、少し固くなる。 なんだろう、と、身構えてしまうのも仕方がない。 「すぐに郁が来ますので、一緒に話ます」 「はぁ・・・」 「大丈夫です。啓太君が嫌がるようでしたら、僕らが何とかしますから」 「・・・」 嫌がる可能性がある、ということである。 あんまり聞きたくない話だなぁ・・・と思うものの、まさか聞かないわけにもいくまい。 暫くし、先程の男を追い出したのか、西園寺も戻ってくる。 「啓太、御簾を上げろ」 「あ、はい」 啓太の部屋に、二人から入ってくることは珍しい。 それだけ大切な話なのかと緊張していれば、ふわりと髪を撫で付けられた。 「大丈夫です。先程も言ったでしょう?啓太君が嫌がることは、しませんから」 「七条さん・・・」 安心させるような動作に、気持ちが安らいでいく。 七条がさっき焚いた香も、気持ちを落ち着かせる要素があったのか、 何とか落ち着いてきた。 その瞬間を見計らい、西園寺が重く口を開く。 「・・・啓太。よく聞け。帝から、お前を嫁に迎えたいとの達しが来た」 「・・・・帝・・・から・・・・?」 「そうだ」 考えれば、わかったこと。 絶世の美女とされている、西園寺の一人娘。 帝が欲しがらないはずがなかった。 「そんな・・西園寺さん、俺・・」 「臣も言ったとおり、お前の嫌がることをするつもりは毛頭ない。 帝との繋がりが必要ないというわけではないが、必ずしも欲したいものでもない。 お前はどうしたい、啓太」 「どうしたい・・って言われても・・・。 輿入れの時に、俺は男だとばれちゃいますけど、良いんですか?」 「そこのところは帝にも話してある。だが、是非に、とのことだ。 仮にも京を納める人の所からの声だ。 こちらに居るより生活は不自由しないはずだ。どうする?」 (どうする?って・・・聞かれても・・・) 出来るものならば、残りたい。 これ以上、良い暮らしなど、望んでいない。 彼が居れば。 それだけで、良いのに。 ふと悲しくなり、彼の瞳を見た。 (紫色の、綺麗な瞳・・・) (碧の、宝石みたいな瞳・・・) |